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2016年6月 7日 (火)

人生の焚火

先日土肥へ向かって走る途中、土産物屋に立ち寄ってビワソフトを食べている時のこと。

年配の旅行者から「オタクら、何処から走って来たの?」と声を掛けられた。

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狩野川の河口から云々と説明すると、「へぇ・・」と珍奇のまなざしを向けてきた。

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「イヤイヤ金は無いけど、きんりょく(筋力)だけは有るから、自分の足で楽しんでる。!」と蛇足説明を加えると、

「そんなことは無いでしょ。たっぷり年金を貰っていそうに見えますよ・・・」と返って来た。

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この年配のオヤジは精一杯の世辞のつもりだが、少し人の生き方の違いを感じたようだ。

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(「こいつら、俺とどうして違うのか?」と明らかに落差を感じた瞬間を見逃さなかった。)

そもそも神様は、この地球上で楽しむようにと人間をおつくりになったのだ。

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だから精一杯楽しむべきだが、ただ老いという薬味をちょっとお付けになったのである。

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モンテニューは「若者は人生の坂を登っている。老いては人生の坂を転げ落ちていく。」と言った。

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しかし、転げ落ちるかどうかは、人生の薬味の味わい方如何ではないかと思うのだ。

歳を重ねることは病気でもなんでもないんであって、精一杯活動的に楽しめばよい。

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もう歳だから無理しないように・・・・なんて言ってるから、坂を転げ落ちて行くのだ。

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この年配のオヤジ、一見私と同年輩のようでもあり、少し複雑な表情で去っていった。

年金で優雅な生活なんて出来るはずもなく、自分の足でしっかり楽しむのが肝心なのさ。

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現実に人生の焚き火は、まだまだ赤々と燃えているのである。

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予備の焚き木だって、まだたっぷりと積んであるんだから。

而して歳を重ねるほど十二分に人生を楽しんで、いずれその日が来たら、

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昔の西部劇の台詞の様に、「俺は、人生の焚き火に十分温まった。去る時が来たようだ。

後の人に譲ろう。出かける用意はできている。」と渋く呟いて去ればよい。Img_6000

だけど、もしその場面が夏だったりしたら、呆け老人扱いだなぁ~!!  ・・・どうしよ?

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