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2016年6月 3日 (金)

未来について

子供達の後姿を見ながら、年甲斐も無く「未来」なんて言葉を思い出していた。

子供の頃、何も知らないし出来ない自分の将来が不安で仕方なかった。

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この子供達も同じなんだろうかと思いつつ、不安だからこそ前を向いて歩くんだと思った。

私達は、自分の能力だって、明日わが身に何が起こるかだって知らないで生きている。

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まぁこれ位の事なら出来そうだとか、明日の予定はこうだから何があると予測はしている。

だけどホントは知らない訳で、仮に全部分かっていたら、それは生きるに値しないだろう。

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失敗すると分かってりゃその貴重な失敗の経験すら失うし、分かった成功じゃ面白くない。

つまり、先行きの分かった人生なんて、そのものがまるっきり面白くなくなっちゃう。

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人間の能力だって、本当はやってみなきゃ分からないのである。

それなのに、子供達の顔を眺めながら、その一人ひとりの将来を想像する自分が居る。

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不遜かも知れないが、ここまで生きてくると何となくそんな予測が出来るのである。

だけど本当は、誰の人生も一寸先は闇であり、光であり得るのだ。

だからこそ、私たちは黙々と生きているし、生きる価値があるのだと思う。Img_5919

それに、その人生の評価なんて、一体誰が評価出来るって言うのか?

とどのつまり、人生は自分で経験して、自分で納得するしかないのではないか。

それにしても我が身に関わることだが、不安の減少に比例して未来も影が薄くなった。

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人生はそれ自体が実験であって、色んな試行錯誤をしながら自分を試してきた。

そして、その残りの実験がどこまで可能なのか、そいつが試されているのである。

そういう意味で、子供達には無限の可能性と未来がある。

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