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2016年6月20日 (月)

おいらの流儀

「大人は、誰も、始めは子供だった。しかし、・・・」と星の王子様には描かれている。

その子供の頃の通信簿の生活態度評価は、「協調性」がいつもAだった。

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主体性がなくて右顧左眄、周りの顔色を気にしながら生きてたって事だろう。

やはり世の中の全てが不安だったし、自分の力で生きることに自信がなかった。

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その反動なのか、物心付くようになって「主体的創造性」ってことを意識するようになった。

簡単に言うと、人の言うことに無条件で同意するのは止めようということだ。

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それに仕事でも、毎年同じことを繰り返す前例踏襲は出来るだけ避けるようにしてきた。

これは簡単なようで実は中々難しいことだが、結果としては自分を創ることに繋がった。

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特にこの三十年余、流儀とまではならないまでも自分なりの生き方を模索してきた訳だ。

ランニングや作物の栽培、ブログなどなどは、そのエレメントと言う事になる。

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ブログなど書いて何の意味があるのか、皿でも洗ってる方が益しだろうとの意見もあるが、

それは確かに書いたからって、それが人の心に届くなんて事大に考えている訳じゃない。

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それでも自分の声をブログと言う形で書き続けて、何時の間にか3,700日になった。

その書く事自体が習慣となり、自然と私のライフスタイルになったようである。

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それだって、ブログと言う形で自己表現を試みているに過ぎないのである。

ランニングも駿府公園の周回から始まってかれこれ30年、すっかり生活の一部になった。

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走ると言うことで自分と対話し、多くの走る仲間との交流が自分の世界を広げてきた。

毎朝の立哨(旗振り)も8年目になったが、これとて10年続けりぁライフスタイルだろう。

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ともかくも付和雷同でオドオドしてた餓鬼が、自分の足で立って一人で歩けるようになったと思っている。

それに何と言っても、大病することなく健康で過ごせている。

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流儀などと言うものはスタイリストや作家の少し変わった生き様かと思っていたが、

どうやら一人ひとりが自分なりに積み重ねて創ってゆくものらしい。

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