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2016年7月20日 (水)

何でもない一日

今日はアレをしてこれを済ませてと思うのだが、この暑さがその意志を半減させてしまう。

それでも少しずつと自らを励ましつつ、這いキュウリを植えるために畑を耕した。

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暑いからと言って何もせずに過ごせないのが性分で、殊に畑は次の展開に結びつく。

この時期に這いキューリをセットしておけば、秋の終り頃まで収穫が楽しめるだろう。Img_6505

葡萄も早稲品種から徐々に収穫が始まっていて、これも私の毎朝の仕事である。

この畑の収穫から始まる生活のリズムは私なりに気に入っていて、その為に頑張っている様なところがある。Img_6504

毎日やらなければならないことを、次々と準備しているのだ。

ところで時に思うのは、人は何を支えにして頑張っていけるのだろうかと言うこと。

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近頃の高齢者を対象とした調査では、豊かさよりもお金を指向する傾向が強いらしいが、

金はあるに越したことは無いが、仮に金があってもすべき事が無いんでは本末転倒なのではないか。

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そもそも人生の持ち時間は、平均的には人によってそんなに大きな開きがある訳じゃない。

その限られた時間、その一日一日をかけがえなく生きる工夫の方が肝心だろう。

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何にも無い空っぽな一日が幾ら積み重なったとしても、それは只生きていただけでしかなく、後々思い出すことも出来ないだろう。

後生大事に「老後」を生きるにしても、問題は如何に深く生きるかだ。

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そして深く生きるとは、まぁ~色々と挑戦してみると言うか、やってみることじゃなかろうか。

その過ごしてきた記憶(体験)をどれ程持ったかで、人生の充実度が変わってくる訳で、

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私達はそのためにこそ、美しい花を育て、音楽や芝居などの文化、スポーツを広げてきたのだ。

明日のことは兎も角として、先ずは今日の一日の自分の人生を大切にしたい。

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その、何でもないその一日が、自分の人生そのものだって事なんだなぁ・・・・。

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