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2016年7月 1日 (金)

人生という旅路

昨夕、葡萄ハウスで作業していると、見知らぬ若い男が家の前をウロウロしている。

「何か?」と声を掛けると、「光回線の件だが、ネットの分かる若い方はおりませんか?」と言う。

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目の前に居るじゃないかと言いかけて、「うちはモバイルだから・・」とお引取り願った。

かなりの年寄りに見られたのが、全く持ってしゃくだったのである。

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しかしまあ、古稀に限りなく近いんだから、社会通念からすれば年寄りなんだろうなぁ~。

それにしても私自身年寄りになったと言う自覚は、全く無いのだから不思議だ。

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強いて言えば、髪が薄くなって白い物がチラホラし、それに老眼が進んだ位である。

日常的に山の中を走っているし、UMを中心に次々とレースにも挑戦し続けている。

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とてものこと年寄りなどと言っている暇はないのだが、ただスピードは遅くなっている。

昔の様に、ここ一番での頑張りが難しくなっているのだ。

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それで考えることは、出来れば滑走路に車輪をつけずに低空飛行を続けること。

もう30年近く走ってきたが、もう空高く舞って自己ベストを更新するのは無理だろう。

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ならばこれまでの浮揚力の蓄積を元に、これからは低空飛行の持続を目指すのである。

それにしても「光陰は百代の過客」であって、人生は長い長い旅なんだと思う。

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改めて振り返って思えば、何時の間にか私ももう70年近くを旅してきたのである。

「月日は百代の過客にして、行きかう年も又旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ

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馬の口とらえて老いを迎える者は、日々旅にして旅を棲家とす」と奥の細道の冒頭にある。

しかして今日の旅は馬でも舟でもなく、瞬時に世界を巡り、寿命も遥かに延びている。

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或いは芭蕉の時代に比べれば、私達は格段に多くの光陰に接するのだろう。

老化をさほど意識せずに済むのも、その近代文明の福音でもある。

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ともあれこの旅路を失速することなく、低空であれ限りなく走り続けようと思っている。

そして、老人の仲間入りはせいぜい喜寿か傘寿を迎えてからだろう?

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