« 鯖の道 | トップページ | 壮年熟期 »

2016年9月20日 (火)

昔を今に

一昨日、京丹後の宿の主人から「どうしたものだろう?」と問いかけられた。

話は、日に日に寂れていくこの地域を、何とか旺時(丹後縮緬)の賑わいを復活する術は無いかと言うことである。

Img_7398

風光明美な観光地として賑わってきた天橋立や宮津があるが、所詮風景などと言うものは一度観ればそれだけのもの。

Img_7369

ましてグローバルなこの時代に、国内の箱庭の景色の価値は失われる一方だ。

仮に景色が価値を増すとすれば、それは文学性や詩的ロマンの情感によってではないか。

Img_7379

それで「しずやしず しずのおだまき 繰り返し 昔を今に なすよしがかも」を思い出したのである。

Img_7380

義経を愛した白拍子「静御前」が鎌倉に引き出され、「鎌倉万歳」の舞台で踊った歌だ。

Img_7387

義経を純愛する歌だが、頼朝は「流人だった昔を今に・・」とも受け取って激怒し、妻政子に「(義経を慕う)女とは、そうしたものです」と諭される。

Img_7388

義経の子供を身籠っていたのだから、「静」にすれば命を掛けた最後の舞いだった。

結果として満座の中で頼朝は大恥をかかされた訳だが、義経の子供は殺される。

Img_7400

それはともあれ、京丹後の網野の浜に、静生誕地の石碑と静神社が残されている。

単純な比較は出来ないが、静は義経を慕い、細川忠興の妻ガラシャは父(光秀)を思い、

Img_7402

厨子王の母はさらわれた自分の子供を思って、壮絶必死に生きていたのである。

どうだろうか・・・・今、私達は命がけに何事かに取り組んでいるだろうか?

Img_7405

勿論100kマラソンは半分は命がけだが、まぁ〜所詮は遊びの人生ゲームでしかない。

若さ(自分の年齢)とて同じことだが、「昔は良かった」と思うだけでは何も生まれない。

Img_7407

純愛の聖地(静)、神話の故郷(天橋立)などと掘り下げれば、この日本の国を見つめ直すようなテーマがこの地にはあるのではないか。

Img_7412

丹後縮緬は平安の昔からの時代を彩った織物であって、単なる綿製品とは違う。

これからの時代に活かし得る素材(スマホやスポーツなど)になるのではないか。

Img_7409

とにかく、命がけで取り組む覚悟が無くては、地域起こしなど出来はしないだろう。

私が毎年通ってきたこの街が、少しでも活気づいてくれればと思う。

|

« 鯖の道 | トップページ | 壮年熟期 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

うーん、難しい問題ですね。
しんしんさんもこの問題に取り組んでいるし、京丹後ウルトラだけでなく他のイベントを考えるのも?
例えばウルトラだけでなく10k、ハーフ、フルとかバイクレース、トライアスロン等かな。
どうもラン目線しか思い浮かばないですが日本酒の試飲散歩などもどこかでやっているような気がするし。

どうも我々の所からは遠いのでそれに勝る魅力を見つけるか作るしかないかな~。
それも毎年参加しようと思えるやつ。遠くから勝手に書いてしまいました。

投稿: かわい | 2016年9月21日 (水) 09時13分

 そうですね、かわいさん、大変難しい課題ですね。外から助言などと言っても、結局は無責任なことになっちまう。丹後ウルトラマラソンはファイテンの肝いりで運営されていますが、社長は丹後の出身なんです。彼も故郷の為に一肌脱ごうって気持ちで取り組んでいるんでしょうね。
 私はこの地域の歴史や文学をもっと深堀にして、傍目にも分かるようにすることが肝心だと思っています。
 今、日本海側最大の前方後円墳の発掘が始まっているそうですが、多分この墳墓は丹後の豪族浦一族(浦嶋子=浦島太郎)の墓でしょう。日本海側の歴史と情緒は捨てたもんじゃない。
 私たちが走るコース上に間人(かんど)という集落があって、ここはあの厩戸皇子(聖徳太子)の母親の出身地でなんです。大陸とのつながりの大きさを連想させますね。ともあれ、その土地に住む人達が、その価値を見直すことから始めないといけないと思いますね。
               山草人

投稿: 山草人 | 2016年9月21日 (水) 16時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/172740/64230971

この記事へのトラックバック一覧です: 昔を今に:

« 鯖の道 | トップページ | 壮年熟期 »