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2016年9月10日 (土)

あの日あの時

人生には、必ず何度かの大きな転機がある訳だが、そのことを書こうとしている。

と言っても、私のその転機はもう遥か昔のことになってしまって居て、少々霞がかっている。

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私は弱虫で苛められっ子で内向的な子供だったから、何時も自分は駄目だと思い込んでいた。

同級生が大きく見えて、何時もその後ろから静かについて行くそんな子供が、

少しばかり「自分」を意識し始めたのは、中学二年の頃だったか。

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ふとしたきっかけで好きでもない勉強をする様になって、落第生が突然優等生になった。

当時は試験の成績が学校に張り出される事になっていて、確かその時は400余人中3番だった。

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当然ながら周囲からは「えっ、あの子が?」と奇異な目で見られたのを覚えている。

その頃だろうなぁ〜、同窓の女の子から「がり勉、がり勉」と揶揄われもした。

この段階で私の目の前の景色は大きく変わったが、高校に進むと元の鈍才に戻っていた。

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そのガキが大学に入って、その時の解放感(何でもできる)たるや大変なものだった。

それまで鬱屈していたものが取り払われて、自分ってのが一人で泳いでいた。

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そう・・・思えば大学の4年間は色々あったし、ある意味青春のドラマだったなぁ〜。

その男が就職・結婚して20年、来る日も来る日も仕事に振り回される毎日だった。

転機は40歳を少し過ぎたあたりで、「自分の人生」ってことを考えるようになっていた。

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夜明けと共に仕事のことを考え、当時の帰宅は10時過ぎが当たり前の毎日だった。

そんな生活の中で「このまんまじゃ、いかん」と思いつつ、悶々とした毎日が続いた。

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ある日、思い切って自分の体を鍛える(走る)ことを始めたのである。

始めた以上毎日続けるのが私の性分でもあって、走ることに続いて幾つかのことにも取り組んで、今日只今に至っている。

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走り、書き、人と会い、作物を育てる今日の生活は、もう既に30年になろうとしている。

やはり、人生はその生涯における最大の作品だから、その選択肢は自分でチョイスしなければならない。

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そして誰にだって、あの日あの時があるのだ。

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