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2016年9月27日 (火)

遊ぶ歓び

子供の頃から、「自分は生まれつきの不器用者」と観念して、諦めてきたことが多い。

その第一が運動神経で、草野球をやればボールよりもバットを飛ばして恐れられたし、

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長じてはゴルフのティーショットでゴルフボールよりもドライバーを遠くに飛ばして笑われたこともある。

もちろん鉄棒も組み体操も駆けっこも駄目で、「俺にゃ、体を使うことは向いてネェ」と信じてた。

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その運動と同様に苦手なのが、形あるものを創る事で、絵などを描かせりゃいまだに小学一年生より珍奇な形になる。

だからトラウマで、陶芸教室や絵手紙などと聞くと、そっとその場を離れるようになっている。

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楽器の一つ位はと思うのだが、件の如くで、ひけるのは今日に至っても布団だけである。

私はこれをずっと、能力そのものが欠落しているからだと自覚して生きてきた。

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だけど「人生は、生きてみないと分からない」・・・そもそもが能力ではなく、環境の成せる業なのだ。

終戦直後の生まれで生きるのが精一杯、親とキャッチボールなどしたことも無かったし、絵や音楽に触れるどころじゃなかった。

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ガキの頃は、学校から帰りゃまいにち毎日、家事や野良仕事が待っていたんだから。

家畜の世話を済ませて、風呂桶に水を運んで沸かし、釜戸でご飯を炊いて親の帰りを待つって具合だ。

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ともあれ、戦前戦後の環境で育った人間にゃ、趣味や遊びなんて向いていなかったんだ。

とにかく、何か意味のあることをやってないと・・・と言う強迫観念に追いかけられていた。

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振り返ってみると、私がそこそこ生き方や遊びを考えるようになったのは、バブル崩壊以降のことである。

平成2年8月経済バブルが崩壊して、あれよあれよと思う間に世の中は様変わりして行った。

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「物よりも心」と言われたりもしたが、当座はその本当の意味すら分からなかった。

以来四半世紀が経過し、作物を栽培し、各地を走り、仲間と語らい、本を読み文章を書く。

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言ってみればすべてが遊びであって、その遊ぶ歓びを謳歌しているのである。

何も器用になった訳ではないが、子供の頃の反動で何事も例外なく楽しもうと思っている。

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