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2016年9月 1日 (木)

命の使い方

過日、自分の余命は4,000日程度だろうかと書いた。

こればっかりは死んでみなきゃ分からないが、そんなことより4,000日を如何に使うかの方が肝心だろう。

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日向ぼっこや昼寝をしている暇は無いが、さりとて何に没頭すりゃ良いのかという大問題が残るのだ。

それに、これにはそれぞれの体温(感性)の差があって、正に一様ではあるまい。

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私の場合は色々とやらなきゃならない事も多いが、兎に角少しだけ無理をする心がけかな。

無茶はしないが、少しだけ前傾姿勢で少々の無理は買ってでもやるってことだ。

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恐らく4,000日なんて過ぎてしまえばアッと言う間だろうが、それでも前向きに歩き続けられればどこかに達することが出来るだろう。

それが何処なのか、どんな境地なのか・・・・・それは、やはり生きてみなければ分からない。

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多分最後の最後まで何も分からないかも知れないが、それでも前向きに生きてみる。

黙々と100kの距離をゴールに向かう、苦行僧の様にあちこちの山の頂を目指す、

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ひたすら耕して作物を育てながら考える、それに少しは人の役に立ってみるetc。

人生の表現の方法は色々とあるだろうけど、ただどの場面でも後ろは見ないことだ。

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そうやって4,000日を生き、ある日突然バタッと前向きに倒れられたら本望だろう。

人の一生なんて、そんなに大層な意義がある訳じゃない。Img_7037

只、自分がどういう人生を生きられたかって、自信と満足を持って死ぬ事ができりゃ、それこそが大往生だろう。

そんなことを、つらつら考えている。

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