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2016年9月13日 (火)

いにしえの美田

日本人の大半は、三代遡れば大なり小なりの田畑を耕して暮らしていた。

押し並べて農耕民族であり、その貧富は耕す田畑の広さで決まってしまっていた。

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だから先祖代々何とかして田畑を増やそうと、(一所)懸命に働いたのである。

私は田園地帯に育ったのだが、我が家は1ha(10,000㎡)少々を耕す平均的農家だった。

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そして家の収入は、田から採れる100俵余の米に依存していたから、田は貴重だった。

稲作が始まって以来、この列島の津ず浦々押し並べて同じ様な状況だった筈であり、

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だからこそ「一つの土地を命懸けで守る」のが、一所懸命が日本人のエートスになった。

思えばバブル経済の際の地価高騰も、その土地に対する愛着(執着)にこそ遠因があったのだろう。

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この国の農地はもともと(律令制以前)は国の土地であり、税を納めることで耕す権利を得た。

公家のその専売特許を打破したのは鎌倉幕府であり、一所懸命も同時に培われてきたんだろう。

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ともあれ平成2年のバブル崩壊から既に四半世紀、私達の土地に対する感覚は様変わりした。

特に農地に関しては、一所懸命どころか、耕し手(農地の借手)を探すことに汲々としている。

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耕してきた一所懸命世代が、寄る年波で次々と耕作出来なくなっているからだ。

朝の立哨の傍らには田圃が広がっていて、その稲田が今朝は綺麗に刈り取りされていた。

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かつての稲作が人力による大変な労働だったことを思うと、機械力を駆使する稲作は隔世の感がある。

米に依拠してきた日本人の食生活も随分変わって、米そのものが単なる一食材になった。

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高々この半世紀で瑞穂の国の歴史は終焉し、同時に一所懸命も死語になろうとしている。

子供の頃、自分はこの田を耕して生きていくのだと思っていた。

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しかし、想像もしなかった様な時代の変化が、私をこうして街頭に立たしめている。

やんぬるかな、人生はその人の最大の作品だと思っていたが、何のことは無い、時代がそいつを作っていたのである。

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