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2016年10月 6日 (木)

今時のご馳走

かつて育ち盛りの頃、お祭りや正月・お盆が待ち遠しかった。

たとえ油揚げやハンペンの煮物にしろ、ご馳走が食べられたからだ。Img_7401

それが今じゃ、ゲテ物が珍味になるくらいで、ご馳走と言うものが無くなってしまった。

それに歳とともに少食になったと言うか、宴会料理の揚げ物などはとても喉を通らない。

「今更、大きくなる訳じゃない」と思うから、俄然野菜の方を食べるようになっている。Img_7395

一方スーパーの惣菜コーナーを覗けば、飽食よ進めとばかり食材の数々が溢れている。

尤も我が細君は、時折頼まれて料理教室の講師をするくせに、家では横着が板について

多くが「スーパーの料理を皿に盛っただけ」で・・・まぁ、トレイでなく皿に盛るだけでも評価せんといかんのだが・・・。Img_7339

それに家に食欲旺盛な若者がいないから、調理をする方も熱が入らないんだろう。

ともあれ、私も食に関しては、すっかり団子より花になっているのである。

もとより私達の世代は戦後の食糧難を経験しているから、随分な粗食で大きくなった。

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麦飯は勿論だが、空腹はサツマイモで補って、肉や卵などは稀にしか口に出来なかった。

それも飼っていた鶏を親父が潰して、その殺したての鳥を、それでも美味しく食したのだ。

Img_7335

小学生の頃には山羊を飼って(その世話は私がした)、そのヤギ乳で栄養を摂った。

まぁサツマイモやカボチャで育ったようなものだから、今でもこの食材は敬遠してしまうが、

Img_7307

学校給食が始まって、それで息を継いだというか・・・そんな子供時代だった。

もっとも漁港が近かったから、大漁の折には我が家にも魚が回ってきて、そんなこんなで栄養失調にもならずに大きくなったのである。

Img_7305_2

ところで、かつては「食い物の恨み」と言ったりしたが、これも今では死語だね。

今時の人達は食べることに切迫感など無いんであって、むしろ食を楽しんでいる。

Img_7304

或いはグルメを求めるなど、食もレジャーの延長戦に位置しているのかも知れない。

私も美味しいものを求めない訳ではないが、妻の粗食にすっかり馴らされてしまって、

美味しい漬物と味噌汁、それにご飯があれば、それでもう十分である。

Img_7302

それよりも、明日何をするかと言う方に、より大きな関心が向いている。

それに、季節の移り変わりを愛でることに、食よりもむしろ味わいを感じている。

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コメント

体に悪いものは美味しい、と言うのが我が家の同居人の口癖です。

砂糖に油、塩等で濃い味にすれば大体美味しく感じてしまいます。その証拠に外食産業のレストランやファーストフードなんかは良い例だと思います。

このところ一番のご馳走は炊きたてのご飯と沸騰させない作りたての味噌汁だとおもっています。

投稿: かわい | 2016年10月 7日 (金) 08時40分

確かに、かわいさんの奥さん(?)の仰る通りです。フレンチのようにウエイターの解説を聞かなければ素性の知れない料理を、私達は有難がって食べているのです。
 素材を美味しく食べさせてくれる同居人を、私も欲しているのですが、これがなかなかままならないことでして…
 純粋無垢の素材をセッセと育ているのですが、そいつすらなかなか口に入らないのです。今更悔いても詮無いのですが・・・・。
               山草人
 

投稿: 山草人 | 2016年10月 7日 (金) 20時25分

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