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2016年10月 3日 (月)

人生の輪郭

自分の人生は凡そこんなものではないか、と莫然ながら思うようになったのは何時頃だったか?

そもそも人生なんて事を思い始めたのは四十を過ぎた辺りだから、結婚して子育ても一段落した頃だろうか。

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親父の背中を見ながら、俺もこんな風な老年を送るのかなとど、親父たちを横目に無意識に思っていたのではないか。

そしてかつての年配者と言うものは、家族の中でもそれなりの威厳があって、幾ばくかの尊敬も得ていた。

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しかし今、時代も変わり、子供達も独立して年寄りだけの暮らしになってみると、ちっとも昔のようではない。

核家族化とサラリーマン化によって、歳とともに(老人らしく)成熟する環境が無くなってしまったのである。

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やはり家族といえども、その観客がいなければ(人生の先達としての)役者は育たないのである。

俄然、未成熟な「熟年者」がひしめく高齢化社会が到来しているのではないか。

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かつて想像していた人生の輪郭と言うものが、ここにきて修正を迫られているようだ。

しかしまぁ、私達は現在しか生きられないのである。

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この点子供達は、日々の瞬間を正に夢中で過ごしながら成長していく。

最近、かなりの頻度で昔の夢を見るようになったが、どうやら歳をとると過去にも生きるようになるらしい?

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過去なんてのは既に過ぎ去ったものだが、それが自動的に再生されるから不思議だ。

望むらくは未来の夢を見たいと思うのだが、未来はまだ存在していないのだから、それは無理な注文である。

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そうして「現在」は流れゆく水のように、忽ちにして過去の中に吸い込まれていく。

だから現在などと言うものは、捕まえようと思っても何処にも存在しないのである。

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在るのは過去と未来の接点だけで、そいつが目の前を通過していくだけのようだ。

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その刹那の連続が自分の人生の輪郭を創り出すんだから、うかうかしてはいられない。

向後の人生の輪郭を探ろうと思いつつ、最近、それはかなり難しいことだと気付き始めている。

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そして、先のことなど考えずに、やはり今を捕まえなきゃならんと心しているのだ。

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