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2016年10月12日 (水)

ホモ・ルーデンス

人間は思考する動物だからと言う意味でホモ・サピエンスと名づけられた訳だが、

どうせろくな事を考えるわけでなし、人間のやることは須らく遊びじゃないかってんでホモ・ルーデンスとも呼ぶらしい。

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改めて人類の歴史を遡っても、食うこと以外はおおよそ「遊び」に精力を費やしている。

遊びと言ったってスポーツや芸術ばかりじゃなく、小は喧嘩から大は戦争、探検ごっこから宇宙旅行、狩猟や博打、政治やゲームなどと、その範囲は無限に広がっている。

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今日の「産業」だって、遊びに貢献する器機や装束、装置やソフトが全盛なんじゃないか。

極論すれば全てが遊びであって、時に人間は命を掛けて遊んでいるとも言える。

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例えばスポーツにしても、ほんの暇つぶしにキャッボールなんてんじゃ、そりゃ遊びの口にも入らない。

ゲームならゲーム、釣りであれ狩猟であれ、球技であれ登山であれ、次第に自分の限界を極めていくのが遊びだ。

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それにスポーツなどはやり溜めが出来ないから、こつこつと積み重ねることが必要だ。

私がのべつ走っているのも、規則正しくやらないことにゃ意味が無いからで、そういう意味じゃ麻薬中毒みたいなもんだ。

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つまり、しっかりと遊ぶ(例えば100kを走る)為にゃ、相当に厳格な意志が必要って訳だ。

このブログを書くのだって遊びそのものだが、それなりに懸命に書いている。

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ところで平安時代の歌謡集「梁塵秘抄」に、「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや

生まれけん、遊ぶ子供の声聞けば、我が身さえこそ動かるれ」と俗謡がでてくる。

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遊び戯れは生きることそのものであり、子供の遊ぶように夢中で生きたいと歌う。

仕事は人間の中身を作り、遊びは人間の行間を広くするとも言われる。

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それに真剣に遊ぶって事で、やはり人生は面白くなるようだ。

人間は楽しみの為には時には命まで棄てるというが、左様にホモ・ルーデンスなんだなぁ~と思う。

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