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2016年10月14日 (金)

田螺

刈り取りの終わった稲株から二番が伸びてきて、田圃は一見青田の様にも見える。

背丈は低いのに籾(しいな)が付いていて、植物のけなげな成長力を思わせる。

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その秋風の吹く田を眺めていると、二番稲の茎に赤い一センチほどの塊が巻きついている。

花の様でもあり一体何なのかといぶかしんでいたら、どうやら田螺の卵らしいと教えられた。

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田螺は今では忘れられた存在だが、この瑞穂の国の人々にとっては貴重な食材だった。

子供の頃、稲刈りの終わった田圃には無数の田螺が転がっていて、それを拾い集めて食した記憶がある。

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程なく農薬が使われるようになって姿を消していたのだが、今又復活しているらしいのだ。

民話に「田螺長者」という話があって、子供の無い老夫婦が地蔵さんに子授かりの祈願を続けていた。

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すると不思議にも婆さんに子供が授かったのだが、その生まれた子供は田螺だった。

老夫婦は地蔵様からの授かりだからと、その田螺を大切に育てていた。

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やがてその田螺に馬を操る才能があることが分かって、庄屋の娘と結ばれることになる。

そしてある時、田螺の殻がカラリと割れて、中から見目麗しい青年が現れ長者になった・・って話だ。

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田螺の様に小さな小さな子供だったけど、何処かにキラリと光る才能が隠れていて、

何かのきっかけでその才を研けば、それは長者にだってなれる・・って事を教えているのかな。

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思えば百姓の子倅の私だって、餓鬼のころは田圃の泥にまみれてコロコロ転がっている田螺みたいなもんだった。

その田螺が人並みに世間を知って、長者にこそなれなかったが、こうやって元気に旗振りおじさんをやっている。

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体の大きな子、小さな子、それはそれは10人十色の子供達が私の前を元気に歩いていく。

仮に今は田螺だって、やがて見違えるような大人になるんだろうと思いながら声を掛けている。

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この子供達が長者になる頃にゃ、旗を振っているこの元田螺は、萎びて小さな田螺に戻っているかもしれない。

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