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2016年10月 8日 (土)

本当の生き方

今日は恒例の人生の勉強会で、テーマは第14講「真実の生活」と少々難しい設定である。

私はこれを「本当は、どう生きるべきなのか?」と置き換えて、皆さんの議論に参加した。

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人生は言うならば不思議なもので、その気になれば幾らでも選択肢は広がるのだが、

実はその本気になると言うことの少ない時代に、どうやら私達は生きているようだ。

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それに今日の教育には、英数国社理はあるが、人間如何に生きるべきかなんて科目はない。

少なくとも戦前までは、国の為にと言う事を中心にして偉人伝や人生哲学を教えていた。

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しかし、それが意図的に排斥されて、国家社会に尽くすなんてことは、人生の目的とされなくなったからだ。

結果として、人生の目的が軽薄になった嫌いがあるのではないか。

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その証拠に「あなたの、人生の目的は何ですか?」と問われて、どう答えられるだろうか?

まぁ〜、若い頃は家族のため、仕事のためと答えるのかも知れないが、兎角自分のことで精一杯なのである。

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自分のためとは生活の糧を得るという意味で、ともすれば人生の目的がサラリーマンになることで終わってしまっている。

例えは「私は、先生になる」とは答えられるが、先生になってどう言う教育をしたいかはエンプティなのである。

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かつて高度成長時代には、お互いに一歩でも上の地位を目指す出世競争があった。

ホントは出世して何を為すかが肝心なのだが、何時の間にか地位そのものが目的化していく。

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仮に一定の出世が出来たとして、その梯子段上に安住するだけで終わってしまう人が居る。

代議士になるのが人生の目的で、代議士になって何をするのか中身の無い御仁と同じことだ。

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所詮人間は、自分のために生き、自分一人で死んでゆくのだが、

それでも世のため人のために、何がしかも出来ないで死ぬのは口欲しいではないか。

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本当の生き方というものは、人生に於ける自分の役割を心得て行動することだ。

今日の教育が、こんな大切なことを一顧だにしていない現実を何としようか。

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