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2016年11月11日 (金)

玉泉寺にて

明日のみちくさウルトラマラソン75kの為に、長躯南伊豆に来ている。

東京の美人3人を三島で拾って、天城山を越え、途中下田の玉泉寺に立ち寄った。

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玉泉寺は、1856年タウンゼント・ハリスが駐留し、アメリカの領事館を置いた所である。

日米友好通商条約締結に至る幕末開国の中心舞台となり、ハリスの日本亹いきが日本を救った面もある。

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事実、中国が辿った様なアヘン汚染や植民地化は免れたし、彼の日記には日本という国に対する敬愛で満ちている。

人々の生活は貧しいが驚く程清潔で・・・当時の世界を見て来た彼の目には、今日の日本を予見するかのようなことが書かれている。

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ハリスと言えばお吉だが、実はハリスは生涯道程で終えたと言われ、お吉には指一本触れていない様だ。

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ただお吉は、役人の命令に忠実にハリスに尽くすのだが、象徴的なことは牛乳である。

ハリスが体調を壊して牛乳を欲したのだが、その乳を和牛から少しずつ集め提供した。

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地域の人々は、あんな獣の父を飲むから毛むくじゃらなんだと悪口を言うが、このお吉の和牛の乳が酪農の始まりだとされている。

開国当時の日本人にとっての異人は獣であり、その世話をしたお吉は汚らわしい存在だった。

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結果としてお吉の悲劇となるのだが、この国の黎明期を考えると、何とも切ない話である。

ともあれ、その玉泉寺の傍らにハリス記念館が併設されている。

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そこには私達が教えられた不平等条約やお吉のイメージとは、少し異なった記録がある。

人間としてハリスは、相当の日本人ひいきだったのではないか。

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お蔭で・・・・今日の日本があるのかも知れないと考えてみた。

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さても、玉泉寺には下田で亡くなった船員の墓や、星条旗の掲揚場等が残されいる。

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その歴史の地を、明日は楽しみながら走ろうと思って居る。

そして今夜は、明日の為に盛大な完走パーティなのである。

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コメント

しっかり楽しんできて下さい。(お天気も良さそうですし)

投稿: 掛川ノブ | 2016年11月11日 (金) 18時21分

山草人さんからハリスの話を聞くまでは、幕末からの不平等条約は悪の根源だと思っていましたが、なるほど当時の列強各国から植民地化されなかった功績は素直に認めようと思いました。
これに従い、もっとハリスの人となりに興味を覚え、少し勉強しようかなとの思いが強く沸上がりました。

投稿: かわい | 2016年11月13日 (日) 20時17分

ハリスは通訳のヒュースケン共々、当時の多くの記録を残しています。確かに彼らは、この日本を未開の国とは見ていない様ですね。
 実は蓮台寺駅から1km程稲生沢川を遡った所に、お吉が淵と呼ばれる所があります。この国の為に生涯を台無しにされたお吉が身を投げた所ですが、ここに新渡戸稲造が最後に欧州に赴任する前に、立ち寄って建造した碑が立っています。「西洋との懸け橋たらん」とした稲造は、お吉の苦悩を良く理解していたのです。やっぱり下田は、この日本の国の黎明の地ですね。
                山草人

投稿: 山草人 | 2016年11月13日 (日) 20時37分

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