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2016年11月17日 (木)

生の実感

あなたにとって、「今、生きている」って感じられるのは、どんな時だろうか?

昔の人達は、肉体労働ばかりで寿命も短かったけど、折々に「飯が、美味いなぁ〜」とか、

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「今日は、ここまで出来た」などと、体で生きることを実感していたんじゃないかと思う。

その延長上に、四国八十八カ所のお遍路旅や、お伊勢詣、富士講などがあったのだろう。

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しかしながら、現代人はたいていが「生の実感」を感じないまま生きている。

人間関係だって、友人にしても同僚でも、はたまた親子ですら、他人行儀に生きている。

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日々の生活だって、文明のおかげとは言え、暑い寒いもまともには感じなくて済んでいる。

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その結果が、少子化だの自殺の増加だのに繋がっているのだが、生きるってのはそんなに安直なものかどうか。

実は先日、スペイン巡礼の旅に行かないかと誘われたのだが、フランスとの国境ピレネーを越えて、スペインを横断して大西洋まで歩くのである。

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それに前後して、北海道の宗谷から鹿児島の佐田岬までの走り旅に行かないかとも誘われた。

いずれも自分の存在を試すような試みであって、それをやれば何が得られるのかと言っても、

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それは、「生きることの実感」とでも答える他ないだろう。

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いずれも数か月を要する訳で、このチャレンジは当分物理的に無理だろう。

しかし、巡礼の旅は無理にしても、私のウルトラマラソンの遍歴も生の実感の旅なのである。

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スタート前の幾分の緊張感と覚悟、距離が進めば体力の損耗と足腰の痛みとの格闘、

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汗をかき涙を流し、前後する仲間と笑い合い、遥か彼方のゴールをひたすら目指すんだ。

その十数時間の間、何を考えてるかって・・・そりゃ、何にも考えてやしない。

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強いて言うなら、「俺は、今、ここで、生きてるんだ」って実感だけは確かにある。

そしてレースが終われば、また普通の生活に戻っていく。

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而して人生の日々も、実感を伴うものであれかしと試行錯誤している。

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