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2016年11月21日 (月)

ちょっと弱気

今朝は仕事に出かける前に、ホウレンソウの種を播いていた。

少しでも時間に余裕があれば、何かせずにはいられないって感覚があるのだ。

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時にそれは、キャベツに着いた青虫取りだったり、畑の雑草駆除であったりもする。

実はこのところ、相次いで同年配者の「思わぬ不幸」を耳にした。

一人は中学の同級生で、シルバー人材の一員として庭の手入れをしていて、脚立が倒れ、後頭部を打って亡くなったと言う。

そこまでの寿命だったとすれば、ピンピンコロリで見事な死に方だが、いかにも若すぎる。Dscn0122

又一人も同級だが、孫が腹の上に乗った拍子に肋骨にヒビが入ったと、嘆いていた。

ややもすると、意外に脆いのが年齢を重ねたものの宿命らしく、これも切ない。

更に70歳そこそこで高速道路を逆走した男がいて、認知と診断され家族が頭を抱えている。

体は強健で本人にまったく自覚が無いから、事はやっかいなのである。

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いずれにしても人間の心体は、馬齢を重ねるとともに錆びたり、ネジが緩んだりする。

ともあれ、私の歳を重ねることの認識は、人生経験を積んで滅多に動じなくなること。

世の中の厄介やら面倒、はたまた難儀な出来事への免疫を獲得していく過程ではないのかと思ってきた。

諸々の出来事も笑い飛ばしたりして、兎に角うろたえることなく対処できるのが高齢者像だ。

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しかしながら、その裏側には自身の滅びへの予感だって静かに隠れているだろう。

老いると言う事は、心身ともに弱者になることらしく、時に時流から取り残され、未来も狭まっていく側面でもある。

いつも強気の私だが、そんな周りの声を聞くと、時には弱気にもなるのである。

セカセカと動き回っているのも心の衰えかも知れないし、それに当たり前だが、人間は最終的には一人(棺おけの定員)であって、

やがては日一日と孤独になるのが宿命なのかも知れない。

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コメント

兄貴と出逢って7年が経ちますかね!
私も55歳に成りました。
私の親友も何人かあの世とやらに送りました。
現在癌と戦う友人も居ます。
これら友人には、共通する事が分かります。
自ら身体や心や命を削った人生だったと思います。
恐れ悲しみ怒り憎しみは、命を削るように思います。

投稿: ひろ | 2016年11月22日 (火) 19時30分

ひろさん、ご指摘の様なストレスを自ら溜め込む生き方をすれば、自ずから命を縮めることになりますね。私は、その逆の生き方で、ストレスはエネルギーに変える主義ですから、一向に溜りません。とは言え、身近な人が次々と倒れたりすると、やはりチョットは弱気になりますね。またすぐに、元気に動き出していますけど…・。

 それで、アメリカのトランプ旋風ですが、この先どうなるか、一向に読めませんね。これまでの主張道理にことは進まないと思うけど、何度も色々なショックを起こすんじゃないかと思います。ただ、一国保護主義は資源の豊富なアメリカなら可能でも、この日本じゃ通用しません。そういう意味では、米国は参考にならんでしょう。
              山草人

投稿: 山草人 | 2016年11月22日 (火) 22時04分

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