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2016年11月 2日 (水)

ねぶり少なく

夜が日一日と長くなってきて、この夜長の時期を如何に過ごすかと思案している。

元来私にはTVを眺めて時を過ごす習慣は無く、晩飯が済めば一人書斎にこもってしまう。

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それもやることが無くなれば布団にもぐって、朝は暗いうちに起き出すのである。

これが夏ならば4時頃から農作業を始めたりするのだが、この時期は暗くて動きが取れない。

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かと言って、布団の中に何時までも留まるのは、一言で言うと「居ようが無い」のである。

幾ら寝ても寝足りなかった頃を思うと、高齢者の生活パターンに入っているのだろう。

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ところで貝原益軒の養生訓に「三欲を忍ぶ事」の記述があって、その一つが「睡の欲」だ。

文中「睡の欲をこらえて、いぬる事(睡眠)を少なくするが、養生の道なることは、人知らず。

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ねぶりを少なくすれば、無病になるは、元気巡り易きが故なり。ねぶり多ければ、

元気まぐらずして、病となる。夜ふけて、臥しねぶるは良し。・・・・・・・」と書かれている。

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確かにあそこが痛いここの具合が悪いなどと寝ていると、何時の間にか病人になってしまう。

それよりも起承転結(?)、メリハリ良く起き伏して活動した方が、精神的にも元気になれる。

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しかして、この夜長を如何にせんとの思案だが、結論は、毎晩一定量の本を読むことにした。

私のこれまでの読書は特定の作家に偏してきたから、改めて古今の名作を読むんだ。

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漢詩集を開くと、江戸時代の菅茶山の詩に「冬夜読書」があった。

 雪擁山堂樹影深 (雪は山堂を擁して 樹影深し)

 檐鈴不動夜沈沈 (檐鈴動かず 夜沈沈)

 閑収乱帙思疑義 (静かに乱帙を収めて 疑義を思う)

 一穂青燈万古心 (一穂の青燈 万古の心)

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私の書斎からは雪を抱く山こそ見えないが、庭の木立は深々としているし、

軒先につるした鈴はコトリともせず、晩秋の夜は更けゆく。

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心静かに、散らかった書物を片付け、改めてこれまで読めなかった書を読む

さすればLEDの白い燈が、昔の人々の心を照らし出してくれる。

まぁ~、そんな気分になっている。ねぶりこそ慎むべし。

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