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2016年11月 4日 (金)

べっぴん

人生において人間ほど面白く興味深い、そして面白くない(疑心暗鬼な)ものはない。

思えば私達の喜怒哀楽の粗方は、そうした人間どもとの関わりの成せる業なのである。

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そうして主体の無い人を除けば、それぞれに大いなる個性を有している。

その個性にはそれぞれの人品を備えていて、そう・・・、人はみんな「別品」なのである。

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昨日の漫歩の打ち上げで、何故か人の品性の話から発展し、別品の大切さに話が及んだ。

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人は自分の内に、「別品」なるものを育てるべきだと言うのである。

「あぁ~、あの人」って分かる、その人の土瓶の取っ手のような部分かな?

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分かり易いのは一芸に秀でた人物で、スポーツでも芸能でも、それだけで品が知れる。

この点私なぞは、品の定めようが無いというか、これと言った特徴を持ち合わせていない。

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今更「別品たれ!!」などと言われても、措置のし様がないのである。

実はこのところの夜長を幸いに、漱石の「三四郎」を読んでいる。

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熊本から上京した三四郎の出会う人物はそれ程多くは無いのだが、その何れもが強烈に個性的だ。

車中で出合い同宿した女には、別れ際「貴方は、よっぽと度胸の無い方ですね」と喝破されるし、

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後々付き合うことになる広田先生などは、まったく持って掴みどころの無い人物だ。

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広田先生は出会った早々「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より・・・頭の中の方が広いでしょう。」と言って、人間の多様性を示唆している。

三四郎が惹かれて心波立つ(あの三四郎池で出会った)美禰子などは、明治の文明開化を代表するように自立した女だ。Img_7879

同様に三四郎をかき回す与次郎に至っては、活発発地として何を仕出かすか分からないところがある。

広田先生にも「あれは悪戯をしに世の中へ生まれて来た男だね」と言われてしまう。

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要するに漱石は、若い田舎出の三四郎が、滔々と発展を始めた東京(東大)を舞台に、

次々と出会う別品達との出会いを通じて、人間の心と言うもの、そして初々しい時代と青春を描いたのだ。

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もっとも斜に読むなら、人物の品定めが延々とかいてあるって感じでもある。

それは兎も角、べっぴんとは、女性の容姿を評するのかと思っていたが、どうやら誰にも縁のある言葉らしい。

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