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2016年11月15日 (火)

相応の自覚?

日一日と日長が短くなり、私のブドウ達もカサコソと葉を落とし始めている。

多くの植物が冬ごもりに入ろうとする一方で、キャベツや白菜・レタスなどは今が成長期だ。

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自然界の諸々は、ごく自然にその季節なり、寿命なりを受け止めてしなやかに生きている。

しかしながら、団塊の世代を始めとした『老人』達はどうであろうか。

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来年からこの大量な人達が古希に突入していくんだから、この国も一気に老人大国になる。

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とは言え老人とは言っても、独り浜辺に佇む浦島太郎のイメージとは、どうも違うようだ。

現実に、当の私はとっくに老年期に位置している筈なんだが、その自覚は全く無い。

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昔の老人の様な貫禄も無いし、人間としての深みだってない。

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成程と年輪を感じさせることも出来ないし、今だ現役であって、枯淡の境地には程遠い。

やる事はと言えば、100kマラソンだの登山だの、はたまたバイクなどの過酷なスポーツだ。

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先日も伊豆の帰りに、勇ましい20台程のバイクの群れに出っくわしたのだが、

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たまたまサービスエリアでヘルメットを脱いだ彼らの顔を見ると、なんと皆60代と思しきオジンライダーだった。

事ほど左様に、どうやら今時の老年は、昔のそれとは全く別物になりそうだ。

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かつての老人は、体力や金銭面での弱者だったし、世間から引退させられる寂しさもあった。

だけど今じゃ、核家族化で爺婆やらしちゃくれないし、体力はメカでカバーできる。Dscn0084

年金と貯蓄でむしろ若年世代よりもリッチだし、何にもネガティブな面はありゃしない。

而して命ある限り、この世界狭しと羽ばたこうとしているのが団塊の世代だろう。

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いやなに、若作りしようなんてケチな根性じゃなく、残りの人生を謳歌しようって心意気だ。

畢竟、かなりスマートな歳の取り方だと思うのだが、如何だろうか。

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年寄りだなんて自覚は無用の骨頂、新しい老人の時代がやってきたんだ。

そこに引っ込んで燻っているアナタ、大手を振って外に出ましょうや!!

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