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2016年11月28日 (月)

永遠の十七歳

会議などの席に出ると、かつては自分が一番若かったのに、何時の間にか年かさの部類に入っている。

それで何となく尊大な顔を作って訳知りのフリをしているが、これは本来の自分と違う。

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ちょっとくだけた集まりの中にいると、自分が高校生なんじゃないかと思うことがある。

皺が多かろうが白髪があろうと、それは皺や白髪の勝手である。

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自分じゃ禿げ頭や皺ばった顔は見えない訳で、ついつい心は十七歳に戻っていく。

又、純粋無垢のそれが楽しいというか、至極自然なのでもある。

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それに人間は、歳を取ったからって(幾分の分別は兎も角)、特段利口になる訳じゃない。

仮に利口になるのだとしたら、この長寿高齢化の時代、世の中利口だらけのはずだ。

だけど金輪際、この世の中が利口になったなんて話は聞いたことが無い。

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ただ永く生きた分経験だけはあるから、例えば「人間(じんかん)万事塞翁が馬」なんてことも体で知っている。

だからイザとなると、「そりぁ、時間が解決するさ」って、大人の態度が取れるのである。

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それはともかく、今朝は強い北風が吹きつけて、遠く富士山も凍えたような姿をしていた。

それでも子供達は元気なもので、この十七歳のオジサンに「お早う御座います」「今、何分」などと声を掛けていく。

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この瞬間ばかりは、私は子供の友であって大人の友ではないのである。

ともあれ、世間知らずでも素直で闊達な17歳頃の心は、多分私達の心の古里だと思う。

思ったことを真っ直ぐに語り、仲間と群れたりはぐれたり、そして懸命に汗をかく。

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悪戯な分別など無用であって、そんな永遠の十七歳であれかしと思うのである。

とは言いながら十七歳はもう孫の歳でもあって、あぁ~昭和は遠くなりにけりである。

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コメント

兄貴、青年の生き生きした心を持ち続けるって素晴らしい。
若いと思います。
本来子供達って未来に夢抱き早く大人に成りたいと活力あるのが、本来の姿ですよね。
好奇心の思うままに行動し学んで行きますね。
新しい事に気付くって大切。
まだまだ未熟って思う心とも言うかな〜(*_*)
17歳か〜戻りたい気もする。

投稿: ひろ | 2016年11月28日 (月) 20時58分

そうですね、ひろさん。何か夢中でやっている時、あっこれは子供と同じだって思うことがありますよね。
 それが無理に若々しいんじゃなくって、人間の本然なんじゃないかな。増して、どんどん自由な時間の増える熟年なら、身も心も子供になっていく。それでいいんじゃないかなぁ〜。
               山草人

投稿: 山草人 | 2016年11月29日 (火) 12時49分

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