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2016年11月13日 (日)

寝姿山へ

伊豆下田は、この国で初めて海外の船舶を受け入れた開港の地である。

伊豆半島の先端近くに、深く湾入した入り江があって、江戸時代まで最良の風待港として、

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下田の街は今日では考えられない程、殷賑を極めていたと伝わる。

幕末、江戸から遠く離れた良港のこの地が「開港の地」として選ばれたのは、至極当然だったと思う。

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結果として伊豆下田は歴史の地となって、吉田松陰はここで密航を企て、渋沢栄一は米国語を学ぼうとして訪れている。

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その下田港を見晴るかす山が寝姿山で、下田駅近くからロープウエイで登ることが出来る。

南伊豆の干物屋で土産を求めた私達は、女性が寝ている形に見えるこの山に登ったのである。

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この山の山頂には、黒船監視所や砲台なども築かれたらしいのだが、見下ろせば湾の隅々までが見渡され、

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湾に浮かぶヨットの群れや観光船「黒船」は勿論のこと、一昨日訪れた玉泉寺も眼下に見おろせる。

僅か160年前と比較しても詮無いのだが、当時の下田と今日を比べれば隔世の感があるだろう。

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経済の中心や動脈は東海道付近に集中し、かつての海の東海道は単なる漁港になった。

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当然ながら人口は流失し、観光も振るわず、日本の島嶼部は寂れる一方なのである。

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私達だって、今回のようなハッピーなマラソン大会が無ければ、訪れることもなかったろう。

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ともあれ寝姿山から港を見下ろしながら、その土地の栄枯盛衰の儚さを思ったのである。

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山頂の広場には、往時を懐かしむかの様に花々が咲き乱れ、その歴史を語りかけていた。

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