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2016年11月10日 (木)

意之所在

人生の禍福は、所詮その人間の「思い」と行動如何である。・・・と思っている。

それは重要な決断に限ったことでなく、日々の行動はもとよりマラソンの完走如何にまで係って来る。

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三国志の許靖伝にも「意之所在 便為禍福」(意の存する所、すなわち禍福となる)とあって、

自分の意志次第で人を不幸にも幸福にもするし、それに禍福は考えよう如何でもある。

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70年近く生きてきて思うのは、自分はかなり幸運な男だったかも知れないと言うことだ。

勿論色々な不幸にも遭遇したし、現実に悩みだって絶えることなく続いている。

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だけど、そんなものでクヨクヨしたって始まらないし、現実を在るがまま受け入れる他ない。

そして肝心なのは、自分の人生のハンドル(意之所在)を意識してみることだ。

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私の場合には、バブル崩壊(平成2年)の頃がその大きな転機だった。

その頃、経済環境などの変化を契機に、それまでの惰性を脱却しようと本気で考えた。

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惰性と言うものは、退屈だとしても、そのトーンこそが私達に安心感を与えてくれるものだ。

だが一大決心をして、そのマンネリズムを脱出し、自分の行動を変えようとした。Img_7726

日々の惰性をストップさせるのは心細かったけど、結果として目の前の景色は変わった。

様々な分野の人々との出会いや非日常的な経験が面白くなり、それに書く事やマラソンを楽しむようになった。Img_7724

お陰で大病すること無く今日まで来られたし、メンタルや社会活動面でも基礎が出来たのだと思っている。

幸運な男と書いたが実は運など信じていないし、現実に宝くじなど200円以上当たったことは無い。

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よって宝くじはこの20年買ったことは無いし、そもそも運不運なんて然したる意味は無い。

それよりも、人生と言う車のハンドルは、それはまさしく「思い」なのであって、

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そいつをこそ、大切にしたいと思っている。

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