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2016年12月 4日 (日)

人生を語る

今時、どれ程の人が自分達の人生について、真面目に語り合う機会を持っているだろうか。

或はクリスチャンが教会の礼拝で、そんな時間を得られるのかも知れないが・・・・。

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生き方は誰もの共通の課題なのだが、そいつに真正面に向かい合って語ることは希少だ。

とかく、真面目なことは嫌われるのが風潮でもある。

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確かに人生を語り合ったとて、明日から新たな世界が広がるなんてことはない。

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それでも、私達にとって人生は、生涯を通じて考え悩み、そして試行錯誤するものだと思う。

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それで昨日から今日にかけて、人生を学ぶ勉強会の15講「諸君らの将来」に参加してきた。

例によって、語り学び、走り、そして飲む勉強会である。

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今回は、今年の取りまとめと言うこともあって、忘年会を兼ねた勉強会になって、

女性陣のフラダンスをみんなで楽しむひと時もあり、楽しい忘年会になった。

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ともあれ今日の本題は、自分達の将来と言うことである。

森信三先生は、将来を築かんとするなら読書によって自分の世界を広げ深めろと教える。

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自分の嚢中に必要な素養を蓄え、事に臨んで臨機応援の対応で将来を切り開けと。

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確かにその通りだが、古希になんなんとする自分にとっては、これは難しい。

改めて読書と言われても緊迫感はないし、世の中には情報が溢れ返っている。

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さりながらよくよく考えると、子供の頃接した「青少年文学」の影響は大きかった。

あの頃夢中になって読んだ冒険小説や科学小説から得たものの大きさは、

今日溢れる映像やネット情報とは比べるべくもない。

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良書には、やはり人間としての奥底を揺さぶる何物かがあって、

思えば人々は太古の昔から書物によって、その文化を伝て発展させてきたのだ。

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明治から大正にかけて、デカルト、カント、ショウべンハウエル(デカンショ)の時代があった。

だけど一世を風靡したデカンショだが、あの当時の訳者自身どれ程理解していたのか疑問だが、それでも学生達はそれに酔っていた。

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哲学が時代の流行だったのだが、以来哲学は難解なものとされて、

哲学と言うものが、あんまり信用されなくなったのは、あの時代の反動なんじゃないか。

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哲学は人生そのもののはずだが、特殊な人々(学者)の学問になった。

ともあれ人生は、如何様に語られたとしても一様ではなく、自分で確かめる他ない道だ。

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例えば、人生においてはその「第一歩」の心構えが肝心だとされる。

ランナーならば、10kを走る場合と100kを目指すのとでは全く心構えが違っている。

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だけど、人生の到達点が見えている人がどれ程いるだろうか。

自分の人生の到達点が見えていれば、当然ながらその第一歩は確たるものだろう。

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しかし、到達点など見えていないのが大方の人生であって、イジコジしながら進むのが現実ではないか。

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プロスポーツの成功者のように目標に向かってまっしぐらに進むなんてのは、正に奇蹟だろう。

増して70歳近くまで生きてきて、さぁ「俺の将来」を考えようとしても、これは中々難しい。

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嚢中の欠けた部分を補おうにも時は限られ、ともすれば惰性で生きることになる。

或は惰性で良いのかも知れないが、欲張りでも70からはもう一つ別の人生を生きたいとも思う。

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しかしてそれがどんな人生なのか、この一年十分に模索しようと思っている。

それには、人の振りを見るのが肝心で、勉強会はそういう意味でも多いに価値がある。

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コメント

ありがとうございました。
様々なことに悩んでいましたが、この集まりに参加するようになり、自分のこれからの生き方を考えるようになりました。
「置かれたところで咲きなさい」
自分の今暮して居るところで咲こうと思っています。

投稿: しんしん | 2016年12月 4日 (日) 19時05分

悩みねぇ〜、私達人間はあれこれと逡巡し、悩むのが特性なんでしょうね。
 人は、多かれ少なかれ、地域差であれ、職業の運不運、様々な環境ギャップを抱えながら生きています。あの人は良いなぁ〜と思えば限が無いし、自分の頭と手足で道を切り開く他ないですよね。
 私など、随分恵まれている方ですが、それでも悩みは尽きないですね。でも年の功と言うか、近年では「そんなもんさ〜」って、一種の諦念もあって、割り切って次に向かうことにしています。
 幾ら考えても、分からないのが人生だけど、でもやっぱり考えた方が良いよね。
 それに、しんしんさんが頑張っているからって、私も元気をもらえますしね。これからもよろしくお願いします。
               山草人

投稿: 山草人 | 2016年12月 4日 (日) 19時29分

お久しぶりです。「嚢中」難しい漢字! この意味を人生の引き出しとしてですか? 常に勉強してたくさんの経験をして、自分の生き方の引き出しを多く持ちそっと人との付き合いをされる人って素晴らしい方ですよね!(感情や人情など人は人)人の心に残る言葉や、接し方が大切でしょうか?(人との付き合い方は難しいものですね!) 

投稿: gaku | 2016年12月 4日 (日) 22時32分

事は簡単で、それなりの歳になったらそれに相応しい広さと深さを備えた年寄りになりたいと言うことです。
 だけど言うのは簡単でも、実際には感情が先だったりして、容易には笠智衆みたいな年寄りにゃなれないでしょうね。
 この点gakuさんは、何時もユーモラスで大人ですよね。私もあやかって学びたいとは思うのですが、到底真似のできるもんじゃありません。人間の人生における振る舞いは、須らくそれまでの積み重ねですから。
 それと、この世の中には、自分の想像を超えた様々な人が居るってことも分かっている必要がありますね。
 井の中の蛙大海を知らず、唯、空の青さを知るのみ
                山草人

投稿: 山草人 | 2016年12月 5日 (月) 17時40分

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