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2016年12月 9日 (金)

人生の素顔

本来私達の人生の時間と言うものは、いつも変哲も無く長くて退屈なものだ。

近世に至って、その退屈から逃れる為に様々な工夫を凝らしてきたのだと思う。

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それが観光、芸術やら博打、スポーツからテーマパーク、或いは情報やゲームなどだが、

極論すると何れも暇つぶしだが、私達はその中に新規な事、楽しいことを探し続けてきたのだと思う。

この点、江戸時代以前の人達の時間はもっとゆっくり流れていて、それでも充実していた。

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農作業も工芸も全て手作業だし、移動だって基本は徒歩だから、それで目一杯だったって事だろう。

僅かに空いた時間は朝顔を育てたり、縁台将棋やら雑談で過ごしたんだろうと思う。

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これが動物の場合、彼らは食い物を得るために動き回っているんであって、腹が膨れればただのんべんだらりんとしている。

現実に飼い猫を見ても、毎日だらだらと過ごすだけで、あいつらは退屈と言うことを知らない。

中世までの人間も、その動物の行動とやや近かったんじゃなかろうか。

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つまり私達の人生は、取り巻く社会のありようや人と人の関わり方などで変わっていく。

その取り巻く色々な環境の産物として、現在の自分の人生があるのだ。

航空機の無い時代に世界旅行は無理だったし、ディズニーに遊ぶことも出来なかった。

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そう・・・TVやラジオの無かった時代の自分の人生なんて、想像だに出来ないだろう。

人間は産業革命によって、より早く能率よくを実現し、フリーな時間をドンドン増やして、

その結果生まれた空虚な時間を埋める為に、次々と暇つぶし産業を創り続けている。

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そのお陰で私達は、退屈知らずで暮らすことが出来るのである。

だけどよぉ~く考えてみると、一人で何もすることの無い時にこそ、ひょこっと自分の人生が姿を現すのではないか。

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とは言え、江戸時代に暮らす自分よりも、現代を忙しく暮らす自分の方が良いかな。

そういう意味で、遅くも早過ぎもせず、丁度良い時代に生まれた自分はラッキーだと思う。

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あれこれと、忙しく遊びまわることが出来るんだから !!

世の中は、喰ってクソして寝て起きて・・・・それも、真実なんだけどね。

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