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2017年1月31日 (火)

城とたたずまい

かつて、掛川城が再建された頃のことである。

通勤の車中で、城を巡って激しく言い争う二人に遭遇したことがある。

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幾分お酒が入っていて、一人は「榛村のヤツ、あんなもの造くりゃがって・・」と息巻いている。

対するもう一人は「テメー、その御託は何だ!。表へ出ろ・・。」ってな剣幕だった。

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多分それは当時の市民を二分する意見の相違だったと思うが、あれから20年余が経過し、

掛川城(木造)も新幹線掛川駅も、そこに存在することが至極当然なインフラになっている。

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何でも反対する勢力はいつも存在するが、指導者というものの先見力と実行力こそが、この地域を変える大きな力だったと改めて思う。

ところでこの掛川城の一角は、多分にゆかしい文教地区として一見の価値がある。

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掛川城(本丸)と太鼓櫓、城の傍らには歴史的建造物の城郭御殿があり、

隣接地には「経済と道徳」の調和を説いた二宮尊徳の大日本報徳本社や報徳図書館、

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そして二の丸美術館や茶室、竹之丸御殿、周りに葉城下町風の町並みが広がる。

それらが全体として調和した風景になっていて、ゆっくりと散策する気になれば、

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ほぼ半日は要するのだが、案外地元では灯台下暗しで顧みられることが無いようだ。

先日の駅伝のスタート前の一時、この一角を散策しながら、「やはり城が無かったら駄目だな」と思った。

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城は正に、この地区一帯の要として無くてはならない建物だ。

機会を改めて、ゆっくりこれらの一つ一つを見て回っても良かろうって気になった。

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殊に報徳本社で明治期の建物がそのまま残っていて、二宮尊徳の教えを噛みしめるのも良いだろう。

尊徳の「道徳のない経済は犯罪であり、経済のない道徳は寝言である」はしかりであり、

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昨今の産業事件(燃費偽装など)を思うにつけ、古いと言わずに温故知新で紐解いてみるべきではないかと思う。

ともあれ、掛川城の一角は、物思わせる佇まいを醸し出している。

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2017年1月30日 (月)

非凡なる平凡

私は、自分を典型的な凡人だと思っている。

頭が優れて良い訳でなく、運動神経も芸術的感覚も、世渡りの才覚すら愚昧である。

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ドン百姓の倅だから、その一生を平凡な農夫として終えても何の不思議もなかった。

それが幾分広い世の中に出てそれなりに仕事をし、こうして毎日文章を書いている。

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一昔前なら考えられないことだろうが、古稀に近いのになお100kの距離を走破している。

自分ではそれが普通だと思っているが、世間ではどうやら異常人と思われているらしい。

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だけど私は紛う事なき凡人で、利発な人なら決してしない回り道もコツコツ歩いてきた。

学生時代に国体に出場したスポーツ万能者は、今じゃスポーツなど関心も無くてメタボだ。

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それが鈍才の私は、40歳過ぎから少しずつ走り始めて、正にスポーツを友としている。

脱兎の如く最短距離を歩むことの出来る非凡人からすれば、私の歩みは正に鈍亀だ。

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そうして結果論だが、一つ事を飽きずに黙々と積み重ねてきた鈍亀が、ここに来てやっと一歩先んじたような気がしている。

人の一生は、「今、ここ、自分」に尽きるという。

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人生とは、今日一日の積み重ね、「今」の連続に他ならないからだ。

その「今・ここ」が積み重なって一ヶ月・一年となり、何時の間にやらそれが一生になる。

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100kマラソンも同じで、最初の一歩は小さなものだけど、その一歩が積み重なって、

やがてあの遥か彼方のゴールに立つことができるのだ。

思えば、目標を持ってそれを追求し続けることが、平凡を非凡に変えるのである。

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京セラの創業者の稲盛和夫さんは、身の丈を超えるような大きな夢を描けと言っている。

「こうなりたい」って意識が自ずとその方向に関心を向けさせるし、次第に目標にも近づけていく。

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しこうして人生は意識の産物であって、意識次第で自分の人生を切り開くことが出来る。

この点、英才は自分の能力に慢心するのが常だが、凡人は謙虚に続けることで非凡になれるようだ。

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2017年1月29日 (日)

四人疾走

今日は、掛川市城下町駅伝大会である。

城下町とは、関ケ原の戦いを前にして、山内一豊が「我が城を、お使い下され」と家康に差し出したあの城である。

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家康は戦後、どんな武勲よりも殊勝なりと、一豊を一躍土佐24万石の大名に引き立てたのだが、

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長曾我部の後に入城した土佐での一豊は過酷な統治をし、上士と下士との分断を産んだ。

その下士達(坂本龍馬など)が、明治維新の討幕の大きな勢力となるのだから、歴史は不思議だ。

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ともあれ、その歴史に名を残した掛川城下を走る駅伝大会である。

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普段は人通りもまばらな城下だが、今朝は早くから人で溢れていた。

その人垣の声援を受けて4人一組でタスキを繋ぐのだが、これがなかなか息が切れる。

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昨年の雨と打って変わって温かな日和の中、私は第一走の3,8kを(23分で)走った。

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マラソンならマイペースが許されても、駅伝には集団のペースがあって、常に全力疾走を強いられる。

それでも心地よく走り切ったのだが、終わっても苦しい息が咳になって暫し止まらなかった。

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いつもの長距離ランと違って、忽ちにして終わってしまう駅伝だが、これはこれで楽しい。

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走った後はみんなで揃って昼食に出掛け、ラーメン餃子で今日の大会を終えたのである。

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ところでこの掛川城は、前々市長の榛村純一氏の時代に再建されたもので、中々に苦労の城である。

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そもそも人口十万足らずの街に新幹線駅を新設し、小なりとはいえ立派な城まで造ってしまった。

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財政問題も含め当時は市を二分した論議があったが、出来てみればそれが当たり前になる。

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それで先ごろ、市役所の前庭に榛村元市長の銅像が建立された。

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2017年1月28日 (土)

もっと孤独を

今日は、人生を学ぶ勉強会(第16講の一道をひらく者)である。

何時ものメンバーが集まって、先ずはそれぞれ今年の抱負を述べ合うことから始まる。

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実はこれは大切なことで、明確な抱負を語れる人は必ずそいつを成し遂げる人であって、

「とにかく、元気で過ごします」などと曖昧では、これは抱負とは言い難いのである。

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それに既に一か月が終わろうとしているんだから、私も改めて心し直す時間だった。

次は例によって「体」の勉強で、やはり私は峠の頂上までの10kを走った。

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毎度のことながら、この5kの逆道を登って5kを駆け下るランが結構気に入っている。

道すがら、早梅(紅梅)が咲き始めていて、言うまでもなく来週は立春なのである。

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走り終わって帰ると、ムーハウスの前にはポカポカと温かな日差しが溢れていて、

急遽、昼食は日向ぼっこをしながら食べようと言うことになった。

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持ち寄ったお弁当を(女性陣がサラダやデザートを準備してくださって)美味しく戴いた。

満腹になって昼寝でもと言いたいところだが、勉強会はここからが本番である。

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それに今日のテーマは「道をひらく者」で、森信三先生は「先覚者たれ」と鼓舞している。

それには2〜30年先の国家の事や子供達の将来を考えて、自らの行動を律しろと言う。

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来年のこと、否明日の事すら予測できない昨今、増して馬齢を重ねに重ねた今日、

そりゃ〜無理難題だろうとの思いが去来するが、何も自分だけの事を考える必要はない。

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仮に十年先を見据えて行動していれば、誰かがその生き方を受け継ぐかも知れないしね。

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それで今度は、それぞれ10年先の目標について語り合うことにしたのである。

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先ずは目標が人を創るんだから、その目標をカラー(明確)にして語ることが大切だろう。

「目標は本気で言い続ければ、必ず実現する」のが人生の哲理でもあって、

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この鉄則を20代で理解していたらと悔やまれるが、これからだって遅くはないのである。

それで私の10年先だが、確かに先のことは分からないが、肝心なのは変えない事だろう。

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これまで積み上げてきた諸々を磨きあげて、自分の本当の糧にしていくことだ。

そうして、もっと孤独を楽しむことが出来る人間になりたいと考えている。

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2017年1月27日 (金)

家族の実像

一昨日の「家族ってもの」の続きを書こうとしている。

今じゃ家族に多くを期待しちゃいないが、それを捨て去るほど気丈な人間でもない。

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一言にまとめると、私の家族感はそんな具合に表現できるだろう。

この社会が個人に求めるものは労働力としての能力であって、それが衰えれば(例えば定年などと)忽ちにしてお払い箱になる。

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家庭だって同様で、親父が金を稼いでくるからこそ僅かながらの敬意(?)を払われてきた。

だけど今じゃ、誰だってその気になれば経済的に自立できる時代で、それは親父だけの特権じゃなくなっている。

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母親にしたって、お袋の味なんてのは昔の話で、コンビニのおでんの方が旨かったりする。

洗濯だって掃除だって機械がそこそこやってくれるし、家族を結びつける諸々がドンドン希薄になっちゃった。

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一昔前の社会の最小単位としての家族じゃなくなった訳で、それでも和気あいあいを演じているのは、

労働力としてお払い箱になっても、(甘いかも知れないが)家族なら何とか自分の存在を認めてくれるだろうと思うからだ。

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つまり最後の心の拠り所のつもりなんだけど、かと言って必ずしも本音で家族をやっている訳じゃない。

適度に関わって当たり障りない平穏を維持しながら、過度な依存を避けあっている。

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やっぱり人間は孤独な存在で、自分の心の領域は自分で安堵する他ないと思っているんだ。

そして老後(介護)が必要になったら、その時にはサッサと老人ホームに入居すべしと思う。

しかしながら心の領域は兎も角、家族は自分の出来る範囲で助け合ってこそ家族だ。

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そういう意味で私も家庭菜園を運営し、葡萄やホウレンソウの生産にも精を出している。

90歳を超えているお袋だって、剪定枝の整理や草取りやら、毎日自分の出来ることを探している。

それは家族内における存在価値の表現でもあるが、そもそも自己実現なのでもある。

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昔「にあんちゃん」って映画があって、激しく争いながらなお助け合って生きる家族の姿が描かれていた。

あんな本音のぶつかり合いも悪くは無いが、それよりも今は安易かも知れないが、平穏が大事だね。

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2017年1月26日 (木)

人生を楽しくする

人間生きてりゃ泣いたり笑ったり、苦しんだリ怒ったり、兎角悩みの種は尽きないものだ。

それでも折角生きるんだから、楽しく生きるに越したことは無いだろう。Dscn0674

そう思いつつ、不肖ながら私も毎日あれこれと、その楽しさを模索しながら生きている。

いやなに、特別のことをしている訳じゃなく、日常に楽しさを見つけようとしている。Dscn0676

例えば今朝は特別冷えたけど、午前中は脚立に乗って生垣(槇)の刈り込みである。

作業を終えて整然と整った生け垣は、誰だって気持ち良かろう。

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午後は、箱の中で芽を出し始めている馬鈴薯の畝づくりである。

堆肥を施して肥料を播き、相変わらず鍬一本で耕して行く。

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この春には、この畝に沢山のジャガイモが膨らむんだから、そう思うだに楽しい。

黄昏近くなって、下ごしらえしてあった白菜と大根ニンジンに、セロリやニンニクを加えて

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私の特製キムチの仕上げ作業(キムチ暦は、もう10年にはなるかな)を始めた。

ニンニクを含め材料はほとんど私が育てたもので、正に素材に拘ったキムチなのである。

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それはともあれ、人生を楽しくするには愛するもの・好きなことを増やすのが秘訣らしい。

それには単に傍観しているのではなく、能動的に愛そうとし、好きになろうとすることだ。

そうさなぁ〜、私の愛しているものには色々あるけれど、例えばブドウだ。

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ブドウを愛でて育てて早や25年、品種は色々変わってきたけど、半年はブドウ達と会話しながら暮らしている。

今はやっと剪定が終わった所で、これから堆肥を施して発芽を待つのだが、

その芽吹きから枝を伸ばし花を着ける様が、毎年の事ながら何とも愛しい。

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これが愛する人ならば人生はバラ色になるだろうが、いやさその人が変な人だって

良いところを探して褒めているうちに、だんだんその人の良いところが見えてくる。

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人間なんて、気持ち次第で別世界に生きることが出来るんだ。

要するに人生そのものは無味乾燥だけど、味わう人の舌しだいで違う味になるってことさ。

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2017年1月25日 (水)

家族ってもの

自分の育った家族・・・あれは最高だったなぁ~って、懐かしさと共に思い出す。

終戦直後の貧しい時代で、家族みんなで助け合って汗水流して働いていた。

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食べるものも着る物も十分じゃなく、農家の仕事は牛耕の他は肉体労働だった。

生活苦から時には夫婦喧嘩もしてたけど、親父やお袋の背中が良く見えていた。

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助け合わなきゃ生きていけない時代だったし、家族の一員としての自覚があった。

子供心に「自分の出来ることを、やらにぁ・・」って、家事(炊事風呂焚き)を分担してきた。

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やがて成人して自分の家族を持ってみると、その家族は思い通りにゃならなかった。

それぞれがばらばらで助け合うなんてことは無く、昔の家族とは様相は全く違っていた。

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個人主義の時代と言うか、物は何でもあって、家族の役割がぐぅ~んと小さくなっていた・・・要するに昔とは時代が違ったのだ。

そして、家族に背中を見せることなく一人働く男には、どこか空虚な心だけが残っていた。

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子供達が巣立って年寄りだけが残され、何とか折り合いをつけて老人世帯をやっている。

それぞれ個の生活をしている訳だが、それはそれで特段不満があるわけじゃない。

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それぞれが精一杯の人生をやりぁ良いと思っている。

人間それぞれが一個の「固体」であって、それはお互い様なのでもある。

先日4人目の孫が生まれて、三人の孫が我が家に泊まることになった。

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三人の兄弟もそれぞれで、兄弟仲良くなんて徳目とは無縁のように見える。

考えてみれば、人間なんて孤独で淋しいものと決まっていて、それを耐えつつ生きている。

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それに耐えられなくなると家族の元に帰って我儘言ったりして、気分転換するんだろうな。

それでいて一緒に住めば縛りあったり反発し合ったりして、そのくせ一人ではいられない。

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かつては衣食足りて礼節を知るとされていたけど、豊かになればなったで、全く人間の「我」は手に負えない代物なんである。

久しぶりの「空の巣」の賑わいに戸惑いつつ、「家族ってもの」なんて回顧している。

思えば、家族こそ最後の砦なんだろうが・・・・。

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2017年1月24日 (火)

正論は何処に

今時の世の中の風潮に、ちょっと変だなって思いながら眺めている。

私達の生きているこの社会は、必ずしもスパッと割り切れる事ばっかりじゃないと思う。

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例えば「泥棒はいけない」ってのは誰だって反論なんて出来ないが、だけど例外は無い?

泥棒は駄目って決まってるから駄目なんだけど、ロシアがクリミアを盗んだのはどうなの?

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日本固有領土の竹島や国後・色丹などをドサクサに紛れて盗まれて、未だにそのままだ。

「戦争は悪だ」・・・私もそう思うが、現実に世界中でそれに近いことが起こっている。

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みんな戦争なんて馬鹿々々しいと思っているはずなのに、それでも殺し合っている。

それは現実的に、分かっていてもやらざるを得ない戦争があるってことだよね。

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レ・ミゼラブルは、やむに已まれずパン一個を盗んだ男の生涯の話だ。

規則はそれは大切だけど、その規則は時の人々が風潮の中で次々と作っているものだ。

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「天下り禁止」も前政権がキャンペーンと共に創設した規則だ。

確かに天下りが官民癒着となって、安易な行政が行われる事はまずかろう。

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しかしながら、60歳を前にして退職する有為な人材を大学が求めて何が悪かろうか。

いやさ大学に限らず、そこそこの人件費で官庁で培った能力を活かして使いたいというオファーは多いのではないか。

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禁止すべきは利益誘導であって、天下りそのものが違法だなんて決める方がおかしい。

某党の党首の(文科省の天下り問題を鬼の首の様に追及する)代表質問を聞きながら、

この人は薄っぺらな人なんだなぁ〜との思いがした。

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正に、角を矯めて牛を殺す類の話である。

先日「なめんなよ生活保護」のジャージで追及された市があったが、確かにやりすぎだろう。

だけど福祉の現場の現実は、その「なめんなよ」なんだと思う。

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この時代、さも正論が一人歩きをして、世の中がどんどん間違った方向に行くようだ。

ファシズムと紙一重のトランプ現象なんてのも、そうした土壌から生まれてくるんだ。

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2017年1月23日 (月)

ある成熟

昔の日本人は慎み深かったんだろうが、近年では自分の喜怒哀楽を如実に表すようになっている。

時に本音を偽らずというか、自分を制御することなく顔色を変えて難詰する場面に遇ったりする。

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どうやら、誰もが気儘に言いたいことを言う・・・そういう世の中らしい。

私もかつては、痩せ我慢などせずに、幾分率直に物を言うような生き方をしてきた。

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ひょっとするとそれが自己実現と言うか、自分の存在価値だと思っていたかも知れない。

だけど大勢の中にいれば、いつも自分を隠してばかりいる訳にゃ行かないし、かと言って露骨にさらけ出せばもっと苦しくなる。

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顔を突き合わせて暮らしている家族だって、言いたい事を言い合ってたらどうなるだろう。

そう言えば、夏目漱石の「草枕」に「智に立てば角が立ち、情に棹差せば流される。とかくこの世は住みにくい」とあったなぁ。

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だから先達は、自分を隠しすぎず飾りすぎず、自然に振舞うように見せて、実は本音じゃないって生き方をしたんだろうな。

私も自己表現こそがその人の気質なんだと思っていたが、馬齢を重ねたお陰で最近では随分と丸くなった。

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とても先達の域には達しないが、胸襟をひらくなんて無駄だと諦めて、ウンウンって過ごすことが多くなった。

所詮人間は一人なんであって、仮に女房であっても、そいつを分からせようと思うのが間違っている。

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人と人にはそれぞれ間合いがあって、無理やり立ち入るものでもないって分かってきたんだ。

一種の人生に対する醒めた見方かも知れないが、多分これが「成熟」ではないかと思い始めている。

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細君にすれば文句を言われなくって楽だろうし、諦めちゃった私だって随分楽になった。

細君は細君の人生を生きれば良いし、私は私のやり方で生きるのであって、無理にあわせる必要なんて無い。

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夫婦は一心同体なんて思っていたから、衝突したのだと思う。

時代の風潮とは異なるが、「自分を制御して顔色を変えない」生き方って大切だよね。

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人間ってヤツは、寡黙になるべくひっそり生きた方が美しい。

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2017年1月22日 (日)

でこぼこマラソン

浜松市北部、秋葉ダムを起点にした凸凹マラソンに参加してきた。

佐久間在住のシンシンさん呼び掛けのランで、切り立った天竜川の両岸37kを走る。

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天竜川は諏訪湖から流れ下る大河だから、両岸は大きなV字型の崖になっている。

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その崖からは幾つもの滝が流れ出し、中に葉不動の滝の様な見事な滝もある。

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ともあれ朝9時、秋葉ダム近くの「やすらぎの湯」に集まったのは勝手知ったる9名だった。

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幾分標高が上がって二℃位と冷たい風が吹く中を、その不動の滝を目指して登っていく。

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程なく背中には汗をかき、やがて眼下に天竜の流れを見下ろしながらの登坂が続く。

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一人ではとてもこんな試みは無理だろうが、仲間と共にとなると何処までも挑戦は続く。

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不動の滝に着いて暫しの休息の後、更に登って「ぶく凧揚げ場」にまで行って中食である。

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ぶか凧はこの地独特の凧の様で、この山頂付近で年に一度の大会が開かれるらしい。

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昼飯を済ませると一気に斜面を駆け下って、今度は対岸の急傾斜面に取りつく。

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今回若いSさんが初参加で加わっていたのだけれど、この下りですっかり足を痛めたらしい。

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対岸での25kはかなりハードで、痛々しく足を引きずりながらのランになっていた。

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そう、走るという行為は、短距離はともかく一定以上の距離になると年齢は関係無くなる。

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気力(根気)と言うか、状況に応じた耐久力はやはり経験がものを言うようである。

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時折粉雪が舞うような冷たい風が吹いたが、走行時間5時間50分、スタート地点の風呂に到着した。

疲労もあまりなく、先週の宮古島100kのリハビリが幾分出來たかな。

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風呂上がりはみんなと談笑で、何はともあれこの時間がホッとできる楽しい瞬間である。

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みんなで汗をかいて、そしてみんなで共に寛ぐなんて、そんなに簡単にゃ出来ないんだから。

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あぁ、シンシンさんのお蔭で、今日も楽しい一日を過ごすことが出来たこと、感謝感謝。

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2017年1月21日 (土)

文章は人

文章は、その人を如実に表すものだと思っている。

いやいや文章なんて、切ったり張ったりすればどうにでもなると言う人もいる。

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理屈の上ではその通りだが、その人の実体とは無関係に文章だけが羽ばたくことは無い。

実際に容姿や声よりも、文章を読めばその人の大抵(品格)が分かってしまうからだ。

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そして私は良い文章に触れると、その人は良い人だろうと思ってしまう。

メール全盛のこの時代、手紙を書かなくなって久しいから、日本人の文章力はかなり劣化しているんじゃなかろうか。

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それに仕事で企画書を書くにしても、それも定型化されているから自由な文章を書く機会は少なくなっている。

だからテーマを与えられて纏まった文章を書けと言われると、さぁ~て?となってしまう。

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私が(自分の意志で)文章を書くようになったのは、40歳を過ぎた頃からである。

職場の仲間で同人誌を発行することになって、寄稿を始めたのがきっかけである。

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この同人誌「農の風景」は、昨年末に幕を閉じるまで25年に亘って隔月発行され続けた。

ともあれ自分の書く文章を不特定の目に晒すんだから、これはかなりの訓練になった。

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しかも文責は偏に書いた本人のものであって、その考え方や教養までもが透けて見えてしまう。

文章の書けない人は、実は自分の内面が露見するのが怖いからだと思う。

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私も最初はオズオズと書き始めた訳だが、しかし次第に大胆になって本音で書けるようになった。

このブログも3.900日超書き続けてきたが、文章を書くと言うことは自分の考えの整理でもあって、

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今日は「このこと」について考えてみようなどと、自分が人生の階段を一歩登る様な気持で書いてきた。

それでも相変わらず稚拙な文章しか書けないが、しかしながらこれが私なのである。

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それにしても、良い文章を書く人は、それは絶対いい人だと信じている。

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2017年1月20日 (金)

時代の気持

昔の人は人生五十年とされてたけど、ホントに随分短命だったんだなぁ~と改めて思う。

戦前までは、結核で20~30代の人がコロコロと死んでいったし、戦争でも殺された。

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明治維新を担った連中だって驚くほど若く、高杉晋作(享年28歳)、桂小五郎(享年44歳)、

西郷隆盛(享年49歳)など、今日からすれば小僧っ子にしか過ぎない歳で死んでいる。

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夏目漱石は56年、太宰治は38年しか生きなかったのに、たいそうな著作を残している。

それに引き換え、80歳くらいまでは生きるのが当たり前になっている今日、

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人生50年時代に生きた人達の生き方と、その気持ちがかなり違うんじゃないかと思う。

私も現実に五十代の頃には「死」なんて眼中にも無かったし、

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古稀になろうとする今だって、まだまだ人生は長いと思っている。

まぁせいぜい、歳はとっても寝たきりやボケはヤダなぁ~って、意識している程度かな、

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誰もが80歳くらいまで生き続けると言うのが、今日の時代の気持ちって訳だ。

ところでそんな折、「人間って、何もしないで、ただ長く生きりゃ良いってもんじゃなかろう」って言われると、途端に居心地が悪くなってくる。

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寝たきり老人も数多いし、介護はこれからの社会問題でもあって、それ自体は納得せざるを得ない。

私も、そうなったら安楽死を望む方だが、問題(?)は死を意識することのない時代だって事。

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短命だった頃には、二十代で子供を育て、仕事は短期に成し遂げることを考えただろう。

私だって、仮に五十才で死ぬと分かってたら、多分相当に違った人生を歩んだはずだ。

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そいつが80・90歳まで生きるとなると、何も慌ててやることは無かろうって気分になる。

全てを謳歌しつつゆっくりと成熟させりゃ良いのであって、子供はまだまだ・・・なんてね。

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もとより短命よりも長寿が良いに決まっているが、はて人生の中身となると如何なものだろう?

先憂後楽に過ぎるのは如何かと思うが、私もそろそろ成熟を急がんとなぁ~。

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2017年1月19日 (木)

ノスタルジア

昨夜は先輩の叙勲祝賀会があって、22年前の職場に在籍した約30名が集まった。

それぞれ22歳年を取っている訳だが、ほんの30分もしないうちに当時の職場にタイムスリップしてしまった。

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祝辞で当時のことが語られ、苦しかったこと嬉しかったこと等を一気に思い出したからだ。

集まった30人の中には、ライバルだった人、激しく対立した人などもいて、

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突然過去に戻って、その過去を俯瞰している様な不思議な気分でもあった。

40年近くお世話になった職場だから、私はそこで鍛えられ・育てられもした。

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当然ながら長編小説が書けるほど様々な出来事があったし、それは私の秘めた財産だ。

だから私には、当時を回顧してノスタルジアを懐く資格は十分にある。

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あの時あんなことが、セピア色の人々、おでん屋で焼酎を飲んだひと時、

帰宅できなくなってホテルに泊まったあの日、特異絶頂で職場の廊下を歩いたあの時。

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「自分にはあの頃があった」って・・、物とか人情、人と人の関係、それぞれのドキュメント。

だけど、それらはみんな過去のことであって、今更再現なんて出来ゃしないんだ。

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それに一体全体どの時代に焦点を当てて良いのか・・・、今より良き時代なんて無かった様な気もするし・・。

かてて加えて、過去を幾ら振り返ったって、これからを生きる活力には成りっこないのだ。

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美しい過去、魅力のない現在、・・・なんて生き方は、私は嫌だね。

ともあれ、タイムマシンに乗って訪れた22年前は、二時間半程でおひらきとなった。

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同じ空間と時間、そして共通の目標を共有した人達と再会したこと、それは有意義だった。

・・・と言うよりも、純粋のノスタルジアと言う意味で嬉しかったのである。

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そして過去は過去、これからはこれからなのである。

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2017年1月18日 (水)

生きるってこと

今朝も寒かった。

私の朝は、街頭に立って「あぁ~、生きてる」って、そう口ずさむのが常だ。

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子供達を見送って帰ると、育てているホウレンソウに水をかける。

手先は氷の様に感覚がなくなるが、この日課になっているルーチンは欠かせない。

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毎朝呪文を口ずさむのは、生きるからにはその意味が欲しいと思っているからだ。

人間、死なないで生きているだけで満足出来るかと言われると、これはかなり疑問だ。

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人間ってのは、ある程度はっきりした生きる意味みたいなものが、ほしいんじゃなかろうか。

その中身は大げさに言えば社会への貢献になるが、家族の喜ぶ顔だとか何だって良い。

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少なくとも、自分が生きていることについて、意味があると思いたい。

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俺(自分と言う存在)がいたから、ほんの少しは良くなったってもの、そういうものを信じなかったら生きていくのは大変だと思う。

もとより私達は孤独な存在で、人生の意味なんて突き詰めていけば空虚になるだけだ。

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虚勢を張って威張ってみたって、贅沢をしたって、所詮は空しいだけだろう。

それより、些細でも自分の価値を見出せる事をコツコツと積み上げるのが大切だと思っている。

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それに朝から晩まで走り回っていると、余計な事は考えなくて済むからね。

それにしても、後何年生きなきゃならないのか分からないが、生きるってのは大変な事だ。

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当然ながら、限りなく自分の限界に挑戦しようと思っているが、人間は無力な存在でもある。

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加齢と共に体力だって衰えるだろうし、考えることだって消極的になるのが自然だろう。

そんな折々に、その「あぁ、生きている」って実感は、私の人生の大きな支えになる。

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そいつを求めて、今日も行く俺なのさ!!

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2017年1月17日 (火)

心って何

まことにもって御し難いというか、本当に難しいのが、心だなぁ~って思う。

心は満足とか安心、充足、充実、温かさ、信頼などと、そしてその真逆の不安などの言葉で表されるんだろうけどホントはそれだけじゃない。

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この半世紀、私達は経済成長と言う仕掛けで、自分の心を物に置き換えてきたんだと思う。

物を贈って関心を得たり、ゴタゴタは全て金で解決しちゃったり、ブランド物で満足したり、

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或いは年寄りは「俺は重役までやったんだ!」とか、とかく心を誤魔化して生きていたりする。

夫婦の間でも「給料を全部渡してたし、浮気だってしなかったのに今になって・・」なんてね。

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要するにこの社会金勘定が全てで、ほんとうの心のやり取りを忘れて来ちゃった。

本当は物なんか無くっても、優しく抱きしめるとか、相手の気持ちに寄り添う方が温かい。

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この点、欧米では普通にハグしたりして気持ちを表現するが、日本人はどうも下手だ。

ハグ一つで、人と人の心がどれ程近くなるか知れないのに、それがどうやら怖いようだ。

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自分の心は、みだりに表現する(表に出す)ものじゃないと考えてきたからかな。

バブル経済の崩壊以降、「物の豊かさから心の豊かさへ」と言われて四半世紀になるが、

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物の消費から「事の消費」に変わりこそすれ、果たして私達は「心の豊かさ」を得たのだろうか。

実は心の豊かさは、思いやりやちょっとした心遣い、労わりや愛でる心から始まるのだろう。

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これまで誰もが利害や得失を意識し過ぎて、ほんとの心の奥深い所での接点を軽んじてきた様な気がする。

人間関係は、心を閉ざして当たり障りの無いことを言って生きてる方が楽って感じかな。

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それに日本人は一様序列が好きで、みんな横並びでなきゃ気が済まないところがある。

自分が隣人と少し劣後しただけで、「何で、あいつが」って、悔しくってたまらない。

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逆に少しばかりの得点で得意満面になるのが常で、全く持って了見が狭いのである。

そうした競争社会を生きてきたとも言えるが、そもそも「人は、人それぞれ」なんである。

これからの長寿成熟社会では、お互いに「ゆとりの心」を持たないと幸せになれないね。

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2017年1月16日 (月)

宮古島旅情

近頃では、遠隔地にも航空機でひとっ飛びだから、昔風の旅情などは望むべくもない。

でもマラソンの旅とは言え、毎年この時期に宮古島に出掛けている訳だ。

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そしてその魅力は、やはり南国の格段の温かさ(本州とのギャップ)だろう。

厳冬の本州を尻目に、春盛りの島を(マラソンで)満喫できるのだから、これ以上はない。

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そして、このグルッと回っても100kそこそこの小さな島には、隠れた魅力が幾つかある。

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一つはサトウキビの畑で、島の2/3はサトウキビに覆われていると言っても良いだろう。

この製糖産業は観光に次ぐ一大産業で、年中収穫・製糖が行われている。

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キビは粗放的な作物だが、一部で機械化も進み、この島を維持する上でどうしても欠かせない農作物になっている。

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次いでマンゴーを始めとした熱帯果樹で、やはりこの島に来たらマンゴージュースを頂きたい。

私達が毎年泊まるホテルの隣には、何故か立派なドイツの城とドイツ民族館がある。

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明治の始めドイツ商船が近くで難破し、島民が救助に当たったのがきっかけで、ドイツが友好の印として建設したものだ。

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その城がこの上野村の景色に溶け込んでいて、隣接して続くリゾート施設ともマッチした不思議な景観になっている。

この他にも、海中水族館や来島、池間島、永良部島を結ぶ長大橋、宮古ブルーの海、

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マングローブ公園、先祖を呼び戻す三嶽、あぁ〜それに漆黒の夜もある。

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それに加えて三味線の音色が流れてくれば、「あぁ遠くに来たなぁ」ってシミジミとしてしまう。

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ともあれ宮古から帰って、これで本格的に今年が始まるって気分である。

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勿論今年も、各地のウルトラマラソンを転戦する訳だが、やはり日常的な体力強化が不可欠だ。

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歩かずに走り続ける根気・気力は、日々の鍛錬で養うしかない。

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あぁ〜終わったって感慨よりも、明日に向かって前に出ようと心している。

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2017年1月15日 (日)

100kの一歩

朝起きて、ベットから第一歩を踏み出す時、皆さんは何を思ってその一歩を始めるでしょうか?

「今日も元気だ。さぁあれをやってこれを済ませて・・・」でしょうか、それとも何となくでしょうか。

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私は、朝の第一歩が日のその在り様を決めるんじゃないかって思っています。

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足だってそれぞれ「そのつもり」があって、計算しながら働いているんだと思うからです。

ランナーなら、10k、ハーフ、フル、そしてウルトラ、それぞれでその第一歩が違うって知っている筈です。

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説明は難しいのですが、心組みと言うか覚悟と言おうか、10kなら10k、ウルトラならウルトラを走る様な第一歩を踏み出すのです。

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ともあれ今日は宮古島100kを走る訳で、これは一か月も前から足に言い聞かせてあるのです。

午前五時、気温はやはり20度位で風が少々、空はどうやら曇天の様である。

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ともあれ、合図と共に100kを走る様に意識しつつ、その足は順調な一歩を始めていた。

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100kを走るのに17万歩〜18万歩の歩だろうか、その歩みの中身も段階的に変わっていく。

南国の朝は特に遅く、来島、伊良部島(歩いて渡れる箸としては日本一)の大橋を渡る(25k)までは暗い中だった。

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昨年は豪雨でコース誘導ミスがあったために、伊良部大橋ては夜が明けていたんだが・・・。

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この辺までは足も軽く進むが、次第に足の裏が痛み、膝がギーギーと音を立て始める。

それでも三番目の池島大橋を渡って暫く進むと、11時15分、50k地点に到達する。

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後半の50kに45分の貯金であって、この間にどれだけ余裕を確保するかが大切だ。

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しかし50kから東平安名崎に向かう25kは単調な直線道路が延々と続いて、

この何時果てるとも知れない道程を如何に走るかで、今日のケースの帰趨は決まってくる。

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この区間は、ひたすら我慢の走りが必要なんだが、私の足はストライキを起こしていた。

結局10kを程を歩くことになって、約1時間はタイムロスしてしまった。

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この25kを通過して残り25kになると、登り下りは激しくなるが変化に富んだコースになって、

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それに一歩一歩ゴールが近くなるから、足の方も自然に元気を吹き返す。

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ともあれ門限に追われつつも、精一杯走って13時間53分で何とかゴールに辿り着いた。

今年最初のレースだったし、諦めずに最後まで走り切れたのは、大きな収穫だったろう。

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とにかくも、100kを走り切るのは容易ではない。

それは、時に命懸けでもあるのだ。

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2017年1月14日 (土)

宮古島の空

静岡空港は雪だった。

その今冬一番の冬将軍と雪雲に覆われた日本列島を離れて、はるか南の宮古島に来ている。

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サトウキビがザワザワと音を立てて揺れ、風は幾分強いが気温は20度程だろうか。

寒さの中でセンター試験に挑む受験生には申し訳ないが、こちらは春の趣である。

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そして明日は、このサンゴ礁の宮古島を一周する100kマラソンに挑むのである。

もう何年目になるだろうか、近年はこの南国のマラソンが私の皮切り大会になっている。

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この間、この静かな島では永良部大橋が完成したりしたが、雰囲気は少しも変わっていない。

むしろ、かつて目指したリゾート色が色褪せて、落ち着いた静かな島になっているようだ。

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いやさ変わったのは私であって、この島を走る私の心の在り様が少しずつ移ってきている。

最初の頃は、海の青さや御嶽の神秘、サトウキビの畑と南国の風がとても魅力的だった。

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今もそれは同様だが、それよりも、この島を走る自分を見ている自分がいる様になった。

どれだけ楽しんで苦しんで、苦境をどう乗り越えたかって、空の高い所から眺めている自分がいるんだ。

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ところでヘルペスの湿疹も七割片治まってきたから、体調万全ではなくとも何とか完走を目指せるのではないか。

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この宮古島独特の景色と風土をたっぷりと味わいつつ、大いに楽しんでやろうと思っている。

さて明日のレース展開は如何なるものになるか、ワクワクして今夜は眠れそうもないなぁ。

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取り敢えず、明日の宮古は曇り空の様である。

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2017年1月13日 (金)

正論の限界

良く言えば生真面目な性格(A型)で、かつて赤胴鈴之助などの勧善懲悪が大好きだった。

そう・・子供の頃、スーパーマンの様な力を持って、自分も正義の味方になろうって考えていたかも知れない。

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そうした性向は中年になっても続いて、世の中の理不尽を容認出来る(丸くなる)までかなり時間がかかった。

だけど今にして思えば「正義」などと言うものは、立場と見方を変えれば逆さまになってしまう。

例えば「人間の命は地球より重い」なんて言われれば、そうだよなぁって思う。

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だけど現実には、安楽死が課題になったり、自死が二万人を超えていたり、イスラム国を上げるまでもなく多くの殺人が行われてもいる。

いやいやそんな大げさなことで無くても、私達の身の周りには理不尽なことは一杯ある。

そいつをいちいち上げつらっていたら、それこそ争いばかりになってしまうだろう。

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政治の世界が正にそれで、彼らは殊更に対立することによって、その乏しい存在価値を示そうとしている。

何とも無益なことだが、彼らに「大人になれ」って言っても、それは無理なんだろう。

ある時、処世訓として「正しいことを言う時には、控えめに・・・」と教えられた。

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確かに自分が如何に正しくとも、その間違っている相手に向かって真正面から攻撃するんでは、相手だって「何を・・・・」って無気になるものだろう。

こんなことを書き始めたのは、例の韓国の慰安婦問題を思ったからである。

そもそも慰安婦「問題」を作り出したのは朝日新聞の誤報が元であって、韓国の世論もそこから始まっている。

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勿論日韓併合があったし、従軍慰安婦も(韓国日本を問わず)厳然として存在していた。

今でもオランダの様に売春という行為を(商売として)認めている国もあるが、当時はむしろ一般的だった。

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それをこの期に及んで国家の問題にしたのが、朝日のしつこい報道だったろう。

ともあれ、慰安婦像の新たな設置に大使召還で反応したのは、確かに正論ではある。

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不可逆的な解決として合意したのに守られていないのだから、それは怒るべきだ。

しかしどうだろうか、それが果たして根本的な解決になるのだろうか??

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むしろ逆に、韓国内の慰安婦像の設置に日本政府が補助金を出したらどうだろうか? 

その慰安婦像には、黒人奴隷や日本人慰安婦像も併設するのだが・・・。

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韓国中あちこちに慰安婦像を設置して、本当の歴史を率直に振り返る場にすれば良い。

もちろん、日本国内にも韓国と同じ慰安婦像を上野公園あたりに設置すりゃ良い。

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2017年1月12日 (木)

活き活きと

70年近く生きてくると、何故か人間は「人生とは・・・」などと考え始めるものらしい。

私もその一人で、無常観も含めて、あれこれと来し方を振り返りつつ考えるようになった。

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健康寿命を考えれば、人生の残りはたかたが10年位だろうし、それだって分からない。

そもそも人の一生なんて、宇宙の時空からみればほんの束の間だし、

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それにいつ何時事故や大震災に遭遇して全てを失うかも知れない。、

豊かさや栄華を追い求めるにしても、落ちこぼれて苦しむのも、空しいといえば全て空しい。

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それに、食べるにしても住むにしても、着る物だって、もうそんなに沢山は要らないのである。

例えば私の書斎は四畳半だが、この部屋一つで大抵のことは足りてしまう。

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更には人生の大方は既に過去の出来事になっていて、この後に残されているのは僅かだ。

だから、一休さんや吉田兼好の様に隠棲して、ノスタルジアの世界をさまよい、やがて静かに消えていけば良かろう。

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と言うのではなく、パタリと倒れるまで活き活きと生きるには、如何すべきかと考えている。

もっとも、人はそんなに簡単に変われるもんじゃなく、所詮は現状をどう活かすかだろう。

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それにしても、その中身を少しずつ(スリムに)スマートに進化させなきゃならない。

これからの年を重ねることでの変化を周到に見極めながら、その時でなきゃ出来ないことをやる。

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要約すればそういうことになるが、その一日一日の積み重ねはともすれば惰性に流れがちだ。

毎夜ベットに入ると、明日の予定と自分の行動を思い浮かべるのが習慣になっている。

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その想念の中に、ほんの少しでも新しいエレメントを加えたい。

人には、まだまだ世捨て人にはなるまいという証が必要なのだ。

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2017年1月11日 (水)

選択と果実

私達は毎日、意識するしないは兎も角、無数の選択をしながら生きている。

何時起きるかに始まって、何を食べるか食べないか、その道を曲がるのか否か、

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その人と逢うのか逢わないのかなどと、次々と選別をしながら生活しているように見える。

だけど人間にとっての選択の範囲は、必ず一定の前提の中に限られている。

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例えば戦前は若い人が結核で数多く亡くなったが、今ではストマイ注射一本で治る時代になっているように、

その人の生まれる時代や場所、或いはその環境や時代の雰囲気を前提としているのだ。Dscn0484

私も例外ではなく、終戦直後の大変な時代に、ド田舎の水飲み百姓の倅として生まれた。

当然ながら親父を見習って、百姓を生業として一生を送るものと考えつつ育った。

ところが学校を卒業する頃になり、あの減反政策が始まって農業の先行きに暗雲が覆った。

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同時に新幹線開通、東京オリンピックと、ようやくに高度経済成長が始まったのである。

卒業を前にして私の前には二つの選択枝があったが、時代の雰囲気が就職を選ばせた。

初任給は33,150円に過ぎなかったが、時代の波が私を押し上げ、その組織が私を鍛えてくれた。

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見習うべき多くの先達にも恵まれ、仕事はもとより生き方の多くを学ぶことが出来たからだ。

仮にあの時就農していたとすれば、それはそれで選択は色々有っただろうが、私の人生は別物になっていたはずである。

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そして今、私は親父の残したガラス温室で葡萄を栽培する一農民でもある。

果物を育てるのは苗木の段階から養生に永い時間を要して、その果実を得るまでには実に手間隙かかるものである。

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成果、結果、結実などと物事を成し遂げる言葉には、果実に因んだ文字が当てられている。

人生もまた、多くの選択をしながらコツコツと手間隙かけて、その果実を求める歩みだと思う。

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そして、どんな樹を育て、如何なる果実を稔らせ得るかも自分の選択次第なのである。

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2017年1月10日 (火)

一幅の絵の様に

NHKの昨夜の特集「18祭」を観ながら、人生は絵空事のためにこそあると思った。

特集は、全国から選ばれた1000人の18歳と4人の歌手グループが共に創り出す合唱だ。

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若さにとって、未だ見ぬ将来への不安や恐れ、自分との葛藤は当たり前のことだろう。

自分の生き方も人と人の間合いも暗中模索していくんだから、何かと悩むのもごく自然だ。

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1004人の合唱は、その一人ひとりに「人は、一人じゃない」ってことを見い出させていく。

そして、その最後の感動的な合唱のシーンこそ、美しい絵空事じゃないかと思ったんだ。

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私の様に70年近く生きてくると、あれこれ経験する中で次第に感性が鈍くなって、不安が減るのと一所に夢までも失うようになる。

昔夢見た冒険など打ち忘れて平板な日々に安住するのだが、それが年を取ると言う事でもある。

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だけどどうだろうか、所詮自分の存在など小さなもの、絵空事を追い求めるのも人生じゃないか。

まして老年に至っては既に恐れるものとて少なく、清々と心温める瞬間(絵)を求められる。

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自分の内にあるひそやかな感情や思いを現実のものにし、一幅の絵の中に描き込んでいく。

そして人生は、自分の心の中に気に入った何枚の絵を貯蔵できるかで、その真価が決まるのではないか。

そう、サミュル・ウルマンの詩に「青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。・・・

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年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いが来る。」とあるように。

人生は、時には感情の波や幻影に流されたりしながら、その中に確かな絵空事を仕上げていくもの。

そうして、その空気の色や風の匂い、陽に照らされた自分自身の姿を記憶すりゃあ良い。

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何も無理して、自分を現実の中に押し込め無くったっていいんだ。

人生五十年が、六十年になり、七八十年にもなったんだし、何だかそんな気分になっている。

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2017年1月 9日 (月)

普通の人々

この世の中には、随分色々な「普通の人」がいる。

その一人一人の内面に立ち入れば、それぞれ異なった苦悩や喜び、遍歴を抱えているんだろうが、そんな事には人は深入りすることは無い。

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コンビニの店員はそれ以上の存在では無いし、銀行の行員だって窓口で「笑顔が素敵」な人位の存在だ。

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そもそも私達は目先の生活に汲々としていて、人に特別の関心を持つなんてことはめったにない。

良い人だとか悪い人だと言うのは、こちらの都合による判断であって、ホントは何も分かっちゃいない。

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昨日のマラニックでも、初対面の多くの人達や久しぶりの人も含め、正に老若男女随分な出会いがあった。

そして、みんな基本的には走ること以外には共通項が無い訳で、

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出来ればもっと関心を持ちたいと思いながら、そのきっかけは容易に出来るものじゃない。

懇親会で若く美しい女性に声を掛けても、なかなかに会話の接ぎ穂が続かない。

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人と人が親密になるには、やはりそれなりの時間が要る訳で、それだって立ち入った事には、お互いに関心を持とうとはしない。

やはり人はそれぞれ(猛獣と同じ様に)一人で生きていて、容易に胸襟を開くなんてことはない。

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人は支え合って生きるものだけど、それも実はお互いの都合で寄りかかっている。

それに人は寂しいものと決まっているし、出来れば心許せる(寂しさを共有する)仲間が欲しい。

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そう思いながらずぅ〜と生きて来て、果たして何人とそんな関係を築けただろうか。

人ほど面白く温かいものは無いけれど、逆に人ほど厄介なものは無いのである。

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もうここまで来たんだから、利害や打算、都合や欲望を越えたところに関係を築きたい。

人の一生なんて高々80年、それも残すところ10年になったんだから。

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私も、そういう普通の人の一人なんだ。

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2017年1月 8日 (日)

湖西連峰はしぐれて

湖西連峰は静岡県(遠州)と愛知県(三河)の境に、南北に富幕山まで連なる丘陵である。

浜名湖と三河湾を見下ろしながら、その尾根道を走る湖西連峰トレイルランに参加してきた。

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雨予報にもかかわらずスタート地点の二川(岩屋緑地公園)には、7歳から82歳までの200人余が集まった。

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新年の挨拶を交々に交わし、9:30から50人づつの時差スタートである。

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岩のゴツゴツト露頭した細い尾根道を走るんだから、それぞれ細心の注意が必要だ。

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不思議なもので、こうした難路ではめったに転ぶことは無く、むしろ平場で転んでしまう。

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やはり神経を研ぎ澄ませて走っているのである。

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走り始めて二時間余、多米峠に着くとそこには美味しい昼食のエイドが設けられていた。

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ここでビールにカレー、それにお汁粉まで戴いて、再び山中に入っていく。

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そのころからポツリポツリと雨が降り始め、周りの笹がカサカサと渇いた音を立て始めた。

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どうやら雨では無く、細かい氷が降っているようだ。

しかし私達は樹林の中を進んでいて、その雨をあまり気にすることなく折り返しの本坂峠に。

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ここからはゴールの石巻山までは7k程度だが、急なアップダウンが続く。

だけど、ゴールは間近であって冷たい雨風も物ともせず一目散である。

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全体として若い人が多く、皆さんカモシカの様にテンポ良く走って行く。

私はと言えは、駄馬ながらその中の雌鹿を追い掛けて、とうとう全23kを走り切ってしまった。

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一昨日医者に安静を言い渡されたばかりで、幾分ワープすべしと思いながら、あまりに心地良かったからである。

雨は次第に激しくなって、道もぬかるみ始めた頃(14時丁度)、ゴールの旅館に着いた。

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温かな部屋の中には、サポートの皆さんが甘酒やらお汁粉を準備してくださっていて、

風呂に入って心の中まで温まることが出来たのです。

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そして、恒例の大宴会が始まった訳だが、人数が多すぎて誰がどこにいるのやら。

ともあれ、今日も安静の楽しい一日を過ごしたのである。

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2017年1月 7日 (土)

歳時記と私

午後五時、少し前まで真っ暗だったのにほんの少し黄昏が残って、目に見えて日が長くなっている。

春に向かって一歩一歩近づいている訳で、やがて梅や桜の花が遥か先に見えてくる。

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そう、今日は人日、七草粥を食べて、本格的にこの一年を始動させる日である。

その今日の私は、走ることもせずに朝から終日ブドウの選定作業である。

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実は正月早々に大腿部に発疹ができて、虫刺されと思っていたらどんどん大きくなって、

昨日皮膚科を受診すると、その医者は即座に「過労からくるヘルペスですね」だって。

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毎日走ってるんだけどって言うと、「駄目です。安静にして下さい。」と言われてしまった。

それで昨日と今日は涙を飲んで休養することにし、一日選定に汗を流したという次第である。

この選定は両手を上げての作業だし、鋸も使うし選定挟みの使いっぱなしだから、シャツ一枚になってのかなりの重労働だ。

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しかし、山の3時間走と比べれば、遥かに楽ちんな作業である。

と言うことで私の仕事始めは、この本格的なブドウの剪定作業から始まることになった。

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昔、正月二日だったか、親父と二人で早朝に田圃に出て、鍬で田を七元ばかり掘り起こした。

そこに白米を播いてササを立て、二人で今年の豊作を祈念した。

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大昔から続く百姓の歳時記「田起こし」で、親父からすれば跡取りの私に引き継ぐ気持ちだったんだろう。

その親父も十年前に旅立ち、瑞穂の国の稲作も様変わりしてしまった。

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神社の祭礼だって、収穫を前にした豊作祈願のひと時だったはずが、唯の憂さ晴らしになった。

何も歳時記に沿った昔の生活がペストと言うつもりはないが、近頃そうした流れが無性に懐かしい。

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ともあれ、この一年も走り出している。

安静とは言っても走っている私が普通だから、明日は湖西連峰トレイルを走る。

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2017年1月 6日 (金)

良いとこ探し

人は兎角、自分や他人の欠点(悪いところ)に眼が向き勝ちなものだ。

仲良く楽しく過ごせば良いのに、あいつが○×だからと恨んでみたり、いじけたり怒ったり、Img_7983

そうかと思えば、どうせ俺なんか・・、言ったって無駄さぁ~、などと上手く行かないのがこの世の習いだ。

特に最近は、かみさんのあれこれ(片付けない、掃除しない、炊事放棄、怠惰etc)が目に付いてしょうがない。Img_8037

しかしながら、どうせ生きるなら肯定的に生きた方が楽しいに決まっている。

折りしも今年は酉年で、酉の字は酒を熟成する甕の形に由来するらしく、熟成の年でもある。Img_8065

それで私も、これを期に人間関係を(一回りグレードアップして)熟成させたいと思っている。

それには先ずは、自分を含めて人を好きになることで、その為には良いとこ探しが肝心だ。Dscn0424

自分の好奇心を一層高め、気配りや柔軟さを考えてみる。

勿論人(細君を含め)には、少々の思いやりと寛容、対外的な楽観性を持ち続けることかな。Dscn0427

掃除も炊事も自分でやればボケ防止になるだろうし、細君だって色々と忙しいんだ。

それに、くよくよしない楽天的な性格は真似できないし、彼女には彼女の生き方がある。Dscn0458

俄かに聖人君子の様なことを書いているが、支えあって創るのが「人」なんである。

それから、ちょっと我慢して「辛」いことを乗り越えれば、「幸」と言う字になるからね。

だからやっぱり、人(自分)が動くことが大切で、働くという字の如く心だって働き始めるんだ。Dscn0460

ところで、私も常に結果を求めて生きてきて、それが出来ないとついついイライラしがちだった。

基本的にA型で、何でもキチッとしていないと気が済まないって生き方だ。Dscn0461

こいつも「まぁ~、良いじゃないか」って少し緩やかにして、それよりも日々の経過が楽しいか面白いかって方向に切り替えようと思っている。

そりゃさ、100k走ってるその瞬間は辛いけど、それを乗り越えた「幸」爽快感は抜群だからね。Dscn0468

いやさ、仮に完走出来なくても、何処まで自分が頑張れるんか試してるんだから、それで良いさ。

いずれにしても、今年は楽天的に良いところを見つけて楽しむことにしたい。

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2017年1月 5日 (木)

人生の収穫期

午前中は山を走り、午後はブドウの選定作業で汗をかいた。

今日は樹齢20年余のピオーネを伐採したのだが、流石に大木になっている。

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枝が混み過ぎているので、この一本を間引きしたのだが、これに半日近く要してしまった。

否、伐採には(まだ、ちゃんと稔るんだしって)躊躇もあって、未練があったからかも知れない。

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私がブドウの栽培を始めたのは、かれこれ25年程前で、勤務に影響なく栽培できる作物を探した結果だった。

だが出勤前の数時間や休日の管理作業では間に合わず、葡萄に追われることも多かった。

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以来、失敗も含め随分と試行錯誤し、今では自分なりの栽培方法を確立したと思っている。

そして、毎年幾分かの更新をしていけば、間違いなく嬉しい稔りをもたらしてくれるのである。

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ともあれ選定作業は、来週一杯には終わらせたいと頑張っているのだ。

ところで、人間にも成長期と安定した収穫期と言うものがある。

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普通は、幼年期を経て、盛年期に稼ぎ、老年期へと移行することになっている。

だがそれはあくまで経済的なことであって、人間としての収穫期は還暦以降なんじゃないかと思っている。

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因みにあの貝原益軒が「六十までに種を播く。六十過ぎてからが収穫期である。」と言っている。

そして益軒はその言葉通り、60からの26年間に52もの著作を生み出したと言われている。

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以前このブログで「随分生き易くなった」と書いたが、益軒の言葉通りなら、私の収穫期はまだ始まったばかりと言うことになる。

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あれもこれも、未だやってないことが多いし、それなりにこれからの夢や計画だって数多い。

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「もう年だから・・・」なんて、言っている暇はまったく無いのである。

現実に、若さと健康と言うものは、未来への夢や心意気が創り出すのであって、

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これまでたっぷりと播いてきた種が、やっと豊かな実りを見せ始めている。

そう思うと、人生は実に楽しいものである。

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2017年1月 4日 (水)

夢みる爺さん

子供の頃(中学一年の頃だったか?)読んだ冒険小説に、「海底二万マイル」があった。

当時はSF小説に夢中で、学校の図書室の本を片っ端からワクワクしながら読んだのだが、

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その中の一冊がそれで、海の底には何があるのかと探検を実現させる物語に感動し、大きな余韻を感じていた。

その本(ジュール・ヴェルヌ)の中に、「人が想像できることは、必ず人が実現できる」とあった。

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今にして思えば余りに楽天的で、国と国の利害相克や民族・宗教の対立などを考えれば、そんなに簡単なことではないのだが、

その頃は何も知らない夢みる子供だったから、素直に「そうなんだ、出来るんだ」と信じた。

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その後間も無く、この国は猛烈な経済成長を始めて、TVや電化製品、車に新幹線、

高速道路、人工衛星etcと、その私達の夢を次々と現実のものにしてきたのである。

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そうして平成2年のバブル崩壊後の停滞を経て、高齢者が多くを占める今日に至っている。

年金や赤字財政、人口減少などと問題は絶えないが、それでも高度な医療や生活水準、

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庶民の海外旅行や美食など、一昔前と比較すれば或は私達は夢の様な世界に生きている。

だから、70歳になろうという爺さんが、この期に及んで何を夢みるのかって思うでしょうね。

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確かにその通りで、今更ご馳走や金・名誉が欲しいなんて思っている訳じゃない。

望むらくは、75歳で100kウルトラマラソンを完走出来る健康が欲しいと思っている。

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これからの五年がどの様なものか(何が起こるか)分からないが、多分コツコツとやって行けば可能ではないかと思うんだ。

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その序ノ口が今年で、取り敢えずは7〜8大会のウルトラレースに挑戦するつもりだ。

さてもこの15日には、宮古島100kウルトラを控えている。

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準備万端と言いたいところだが、ともかくも幸先の良いスタートを切りたいと思っている。

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2017年1月 3日 (火)

RCの走り始め

もう十数年来の慣例で、年の初めのこの日に、RCの皆で法多山尊栄寺に詣でている。

一年を通して小笠山を走っているんだから、その麓の法多山への感謝詣でのつもりだ。

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午前八時、山頂付近に集まったのは12名で、何時もの尾根道を走って寺に向かう。

5k程で参道に至って、早朝から人出の始まっているその参道を駆け上がる。

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と言っても、一般の参拝者を縫う様に走り切った昔と違って、今では軽いジョグになっている。

それでも揃いのジャージを着ているから、「あっ、走友会」って声があちこちから聞こえる。

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参道を辿ること1kmほどで方丈に至って、その拝殿の前には長い列が出来ている。

何時もの様に元気で走られることを祈願して、みんなで五本の厄除け団子を戴く。

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今年も五体満足でありますように・・・と言う、有難く美味な団子である。

それから再び山頂に取って返し、暫しの四方山話に花が咲く。

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人間と言うものは、「今日は」と出会って直ぐに絆が生まれるものではない。

サンティグ・ジュペリが「星の王子様」の中で、友達をつくるには時間をかけなきゃいけないと言っている。

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この世界の沢山の人の中で大切(特別)な人を得るには、やはりその人との沢山の時間が必要なのだ。

そういう意味では私達RCの仲間は、四六時中、実に沢山の時間を共有してきた訳で、

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共に競い合いながら汗をかき、そうして年齢を積み重ねてきた。

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確かに四十代の頃のような精悍な走りは出来なくなったが、その分紐帯は太くなっている。

この二十数年間を一緒に生きてきたって思いすらある。

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そしてこの新たな一年を、更に積み上げ様としているのだ。

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2017年1月 2日 (月)

遠州三山のマラニック

正月二日、今年も走って遠州三山(可睡斎、油山寺、法多山)の初詣をしてきた。

袋井駅に集まったのは30人余で、例年のごとく今年のマラニック始めである。

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少し足が重く感じたのも可睡斎までで、その後は順調に18k程を走ることができた。

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天候に恵まれた為か例年閑散としている可睡斎・油山寺も賑わっていて、

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何だか今年一年が景気など諸々を含めて、かなり調子良くなるんじゃないかって感じた。

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マラニックの面白さは、やはり人との出会いで、それぞれお互いの健康を祈念して新年の挨拶を交わし、共に汗を流して走ることだ。

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人は少しずつ歳を取っていくけれど、心持ちは必ずしも歳を取る訳ではない。

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若い心には若い体がついてきて、多分、想像以上のパフォーマンスを実現する。

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という訳で、今年も元気でやるぞッて心意気である。

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それで初詣とは言え、神前にまかり出てもさして願うこともなく、ひたすら元気で走ることを念じてきた。

どこぞの村に「いっぺんさん」という祠があって、一生に一度だけ願いを聞き届けてくれるという。

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多分この「いっぺんさん」、何度も何度も同じことを祈願しているうちに、自分に暗示を掛けるんだろうな。

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「○×にさせてください」と願いながら、自然に自分をそういう方向にし向けていく。

つまり、あれこれと一杯祈願しても駄目ってことで、神様だって忙しいんだよ。

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それで私の神頼みは、こればっかりだ。

元気であちこちを走りながら、仲間の笑顔を見ることが出来れば、もうそれだけで幸せである。

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と言いながら、走り終わって風呂に入り、それから今日はフグのフルコースを頂いた。

このフグが又何時にない絶品で美味しく、新春早々にふく⦅福⦆をいただいた気分である。

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2017年1月 1日 (日)

年の初めに

皆さん、新年明けましておめでとうございます。

日付が一日変わっただけですが、ともかくもこの新しい一年の区切りを寿ぎたいと思います。

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雲一片もない穏やかな元日になって、暗いうちから村の神社へ初詣に出掛けた。

まだ日の出ない薄暗いその神社前で凧を挙げている人があり、そのそよぐ一本凧に吉兆を念じつつ、参拝を済ませる。

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7時近く、昇りくる初日を村の衆と共に遥拝し、社殿でお神酒を少しだけ戴いて帰った。

雑煮を戴き、初日が肝心とばかりに小笠山に出掛け走り初めの半日を過ごしていた。

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帰宅して直ぐに取り掛かったのは、ホウレンソウの種播きである。

何事も種を播かなきゃ始まらないと言うことで、この根気作業を4時間近くで終了した。

走ることも種蒔きも、コツコツと根気強く続けることで成果が現れる。

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そして私の今年のテーマは、「無理はしても、無茶はせず、コツコツと」である。

今朝神社で知人に「70にもなって走って、よく心臓が大丈夫だね!?」と言われた。

私の心臓は蚤の心臓だが、100k走っても何ともないのは、その継続の故だと思っている。

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今日元日に播いたホウレンソウ(数千粒)は、二月下旬には収穫できるだろう。

この一年、何か特別な事をやろうと言うんじゃなく、確実に成し遂げるというか、

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何事につけ、その成熟度を高めることを考えたいと思っている。

例えばホウレンソウの畝づくりにしても、先を急いても息が切れるばかりで続かない。

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これを根気良くぼちぼちと進めるのであって、これも古希の知恵である。

そのコツコツでもって、予定している7本の100kレースを全て完走したいし、

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ブドウ栽培も一工夫加えたいし、etc・・・・燃え尽きない程度に70年の人生を集約したい。

ともあれ、このブログも書き続けるつもりですから、皆さんよろしくお願いします。

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