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2017年1月27日 (金)

家族の実像

一昨日の「家族ってもの」の続きを書こうとしている。

今じゃ家族に多くを期待しちゃいないが、それを捨て去るほど気丈な人間でもない。

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一言にまとめると、私の家族感はそんな具合に表現できるだろう。

この社会が個人に求めるものは労働力としての能力であって、それが衰えれば(例えば定年などと)忽ちにしてお払い箱になる。

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家庭だって同様で、親父が金を稼いでくるからこそ僅かながらの敬意(?)を払われてきた。

だけど今じゃ、誰だってその気になれば経済的に自立できる時代で、それは親父だけの特権じゃなくなっている。

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母親にしたって、お袋の味なんてのは昔の話で、コンビニのおでんの方が旨かったりする。

洗濯だって掃除だって機械がそこそこやってくれるし、家族を結びつける諸々がドンドン希薄になっちゃった。

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一昔前の社会の最小単位としての家族じゃなくなった訳で、それでも和気あいあいを演じているのは、

労働力としてお払い箱になっても、(甘いかも知れないが)家族なら何とか自分の存在を認めてくれるだろうと思うからだ。

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つまり最後の心の拠り所のつもりなんだけど、かと言って必ずしも本音で家族をやっている訳じゃない。

適度に関わって当たり障りない平穏を維持しながら、過度な依存を避けあっている。

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やっぱり人間は孤独な存在で、自分の心の領域は自分で安堵する他ないと思っているんだ。

そして老後(介護)が必要になったら、その時にはサッサと老人ホームに入居すべしと思う。

しかしながら心の領域は兎も角、家族は自分の出来る範囲で助け合ってこそ家族だ。

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そういう意味で私も家庭菜園を運営し、葡萄やホウレンソウの生産にも精を出している。

90歳を超えているお袋だって、剪定枝の整理や草取りやら、毎日自分の出来ることを探している。

それは家族内における存在価値の表現でもあるが、そもそも自己実現なのでもある。

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昔「にあんちゃん」って映画があって、激しく争いながらなお助け合って生きる家族の姿が描かれていた。

あんな本音のぶつかり合いも悪くは無いが、それよりも今は安易かも知れないが、平穏が大事だね。

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