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2017年1月11日 (水)

選択と果実

私達は毎日、意識するしないは兎も角、無数の選択をしながら生きている。

何時起きるかに始まって、何を食べるか食べないか、その道を曲がるのか否か、

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その人と逢うのか逢わないのかなどと、次々と選別をしながら生活しているように見える。

だけど人間にとっての選択の範囲は、必ず一定の前提の中に限られている。

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例えば戦前は若い人が結核で数多く亡くなったが、今ではストマイ注射一本で治る時代になっているように、

その人の生まれる時代や場所、或いはその環境や時代の雰囲気を前提としているのだ。Dscn0484

私も例外ではなく、終戦直後の大変な時代に、ド田舎の水飲み百姓の倅として生まれた。

当然ながら親父を見習って、百姓を生業として一生を送るものと考えつつ育った。

ところが学校を卒業する頃になり、あの減反政策が始まって農業の先行きに暗雲が覆った。

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同時に新幹線開通、東京オリンピックと、ようやくに高度経済成長が始まったのである。

卒業を前にして私の前には二つの選択枝があったが、時代の雰囲気が就職を選ばせた。

初任給は33,150円に過ぎなかったが、時代の波が私を押し上げ、その組織が私を鍛えてくれた。

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見習うべき多くの先達にも恵まれ、仕事はもとより生き方の多くを学ぶことが出来たからだ。

仮にあの時就農していたとすれば、それはそれで選択は色々有っただろうが、私の人生は別物になっていたはずである。

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そして今、私は親父の残したガラス温室で葡萄を栽培する一農民でもある。

果物を育てるのは苗木の段階から養生に永い時間を要して、その果実を得るまでには実に手間隙かかるものである。

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成果、結果、結実などと物事を成し遂げる言葉には、果実に因んだ文字が当てられている。

人生もまた、多くの選択をしながらコツコツと手間隙かけて、その果実を求める歩みだと思う。

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そして、どんな樹を育て、如何なる果実を稔らせ得るかも自分の選択次第なのである。

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