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2017年1月30日 (月)

非凡なる平凡

私は、自分を典型的な凡人だと思っている。

頭が優れて良い訳でなく、運動神経も芸術的感覚も、世渡りの才覚すら愚昧である。

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ドン百姓の倅だから、その一生を平凡な農夫として終えても何の不思議もなかった。

それが幾分広い世の中に出てそれなりに仕事をし、こうして毎日文章を書いている。

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一昔前なら考えられないことだろうが、古稀に近いのになお100kの距離を走破している。

自分ではそれが普通だと思っているが、世間ではどうやら異常人と思われているらしい。

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だけど私は紛う事なき凡人で、利発な人なら決してしない回り道もコツコツ歩いてきた。

学生時代に国体に出場したスポーツ万能者は、今じゃスポーツなど関心も無くてメタボだ。

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それが鈍才の私は、40歳過ぎから少しずつ走り始めて、正にスポーツを友としている。

脱兎の如く最短距離を歩むことの出来る非凡人からすれば、私の歩みは正に鈍亀だ。

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そうして結果論だが、一つ事を飽きずに黙々と積み重ねてきた鈍亀が、ここに来てやっと一歩先んじたような気がしている。

人の一生は、「今、ここ、自分」に尽きるという。

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人生とは、今日一日の積み重ね、「今」の連続に他ならないからだ。

その「今・ここ」が積み重なって一ヶ月・一年となり、何時の間にやらそれが一生になる。

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100kマラソンも同じで、最初の一歩は小さなものだけど、その一歩が積み重なって、

やがてあの遥か彼方のゴールに立つことができるのだ。

思えば、目標を持ってそれを追求し続けることが、平凡を非凡に変えるのである。

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京セラの創業者の稲盛和夫さんは、身の丈を超えるような大きな夢を描けと言っている。

「こうなりたい」って意識が自ずとその方向に関心を向けさせるし、次第に目標にも近づけていく。

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しこうして人生は意識の産物であって、意識次第で自分の人生を切り開くことが出来る。

この点、英才は自分の能力に慢心するのが常だが、凡人は謙虚に続けることで非凡になれるようだ。

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コメント

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投稿: ひろ | 2017年1月31日 (火) 21時02分

ありがとうございます。

明確な目標と意志が
自己実現、成功、達成という結果を生む。

正に
マラソン、ウルトラマラソンはその象徴です。必ず完走するという、思いの強さ、深さがゴールへ導く。スタートとゴールが明確だから。

イソップ物語の"うさぎとカメ"
  カメはどうしてうさぎに勝ったのか?
  うさぎはなぜカメに負けたのか?

相田みつをさんが言っております。
 "いま、ここ、じぶん その合計が一生"と

投稿: ヒロボー | 2017年2月 1日 (水) 08時37分

 この「非凡なる平凡」は、私の心の中をそのまんま書いたものです。ひろさん、そしてヒロボーさんに共感していただいて、少しうれしくなりました。
 人間は誰だって、自分では平凡な毎日を送っている。だけど、その一日一日が少しずつ違うだけで、行き着く先は天と地ほども違ってくる。人生とは、その集大成ですからね。
                山草人

投稿: 山草人 | 2017年2月 1日 (水) 17時02分

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