« 選択と果実 | トップページ | 正論の限界 »

2017年1月12日 (木)

活き活きと

70年近く生きてくると、何故か人間は「人生とは・・・」などと考え始めるものらしい。

私もその一人で、無常観も含めて、あれこれと来し方を振り返りつつ考えるようになった。

Dscn0112

健康寿命を考えれば、人生の残りはたかたが10年位だろうし、それだって分からない。

そもそも人の一生なんて、宇宙の時空からみればほんの束の間だし、

Dscn0338

それにいつ何時事故や大震災に遭遇して全てを失うかも知れない。、

豊かさや栄華を追い求めるにしても、落ちこぼれて苦しむのも、空しいといえば全て空しい。

Dscn0113

それに、食べるにしても住むにしても、着る物だって、もうそんなに沢山は要らないのである。

例えば私の書斎は四畳半だが、この部屋一つで大抵のことは足りてしまう。

Dscn0484_2

更には人生の大方は既に過去の出来事になっていて、この後に残されているのは僅かだ。

だから、一休さんや吉田兼好の様に隠棲して、ノスタルジアの世界をさまよい、やがて静かに消えていけば良かろう。

Img_7549

と言うのではなく、パタリと倒れるまで活き活きと生きるには、如何すべきかと考えている。

もっとも、人はそんなに簡単に変われるもんじゃなく、所詮は現状をどう活かすかだろう。

Img_7975

それにしても、その中身を少しずつ(スリムに)スマートに進化させなきゃならない。

これからの年を重ねることでの変化を周到に見極めながら、その時でなきゃ出来ないことをやる。

Img_7983

要約すればそういうことになるが、その一日一日の積み重ねはともすれば惰性に流れがちだ。

毎夜ベットに入ると、明日の予定と自分の行動を思い浮かべるのが習慣になっている。

Img_8078

その想念の中に、ほんの少しでも新しいエレメントを加えたい。

人には、まだまだ世捨て人にはなるまいという証が必要なのだ。

|

« 選択と果実 | トップページ | 正論の限界 »

「人生論」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/172740/64749479

この記事へのトラックバック一覧です: 活き活きと:

« 選択と果実 | トップページ | 正論の限界 »