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2017年1月25日 (水)

家族ってもの

自分の育った家族・・・あれは最高だったなぁ~って、懐かしさと共に思い出す。

終戦直後の貧しい時代で、家族みんなで助け合って汗水流して働いていた。

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食べるものも着る物も十分じゃなく、農家の仕事は牛耕の他は肉体労働だった。

生活苦から時には夫婦喧嘩もしてたけど、親父やお袋の背中が良く見えていた。

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助け合わなきゃ生きていけない時代だったし、家族の一員としての自覚があった。

子供心に「自分の出来ることを、やらにぁ・・」って、家事(炊事風呂焚き)を分担してきた。

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やがて成人して自分の家族を持ってみると、その家族は思い通りにゃならなかった。

それぞれがばらばらで助け合うなんてことは無く、昔の家族とは様相は全く違っていた。

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個人主義の時代と言うか、物は何でもあって、家族の役割がぐぅ~んと小さくなっていた・・・要するに昔とは時代が違ったのだ。

そして、家族に背中を見せることなく一人働く男には、どこか空虚な心だけが残っていた。

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子供達が巣立って年寄りだけが残され、何とか折り合いをつけて老人世帯をやっている。

それぞれ個の生活をしている訳だが、それはそれで特段不満があるわけじゃない。

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それぞれが精一杯の人生をやりぁ良いと思っている。

人間それぞれが一個の「固体」であって、それはお互い様なのでもある。

先日4人目の孫が生まれて、三人の孫が我が家に泊まることになった。

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三人の兄弟もそれぞれで、兄弟仲良くなんて徳目とは無縁のように見える。

考えてみれば、人間なんて孤独で淋しいものと決まっていて、それを耐えつつ生きている。

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それに耐えられなくなると家族の元に帰って我儘言ったりして、気分転換するんだろうな。

それでいて一緒に住めば縛りあったり反発し合ったりして、そのくせ一人ではいられない。

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かつては衣食足りて礼節を知るとされていたけど、豊かになればなったで、全く人間の「我」は手に負えない代物なんである。

久しぶりの「空の巣」の賑わいに戸惑いつつ、「家族ってもの」なんて回顧している。

思えば、家族こそ最後の砦なんだろうが・・・・。

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