人生の大計
中国の宗の時代の思想家に朱仲新と言う人がいて、この人が人生には五計が大事だと言っている。
五計とは、生・身・家・老・死に対して、それぞれキチッとした考え方を持つと言う事らしい。
生とは、自分の生涯の生き方(生甲斐)を見定めること。
身とは、自分の体の健康を如何にして保つかと言うこと。
家とは、自立できる程度の経済力を身につけること。
老とは、人間としての成熟を成して信頼を得ること。
死とは、どの様な死を迎えるのかを考えておけ・・・・ってことらしい。
実は先日、ある方の葬儀に参列しながら、このことを考えていたのである。
故人のKKさんは教育者としての生涯を貫かれた方であって、教育にロマンを追い続けて、
最後まで教え子達との交友に喜びを見出しておられたようで、健康づくりも一貫していた。
勿論経済力は問題ないし、老年に入ってからも青少年健全育成に尽力していた。
そして死に際して、見舞いに来る人毎に「色々世話になったなぁ〜、ありがとう」と感謝していたというのである。
喪主の息子さんの挨拶状にも、この「ありがとう」に関する記述があり、生前の故人が偲ばれる内容だった。
つまりKKさんは、朱仲新の五計のモデルの様な生涯を送られた訳である。
葬儀は進んで、あのチン・ドン・ジャランで覚醒し、俄かに「翻って我が五計は如何」と慌ててしまった。
生・家・老は、共にここまで来てしまっては、既に取り返しがつかないではないか。
まぁ、辛うじて「身」だけは日頃のランニングのお蔭で、かなりの若さを維持している。
しかして大問題なのは「死計」であって、その計画も覚悟も皆無なのである。
人生の締めくくりのテーマと言うものが如何なるものなのかは勿論のこと、確たる死生観すら持ち合わせないのである。
言い訳は「まだ若いから」なんだが、果たしてまだ若いのかどうか?
「死」をキチッと意識しない限り、本当に生きることにはならないとも言うしなぁ〜。
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