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2017年2月 3日 (金)

一枝の春

窓の外はヒューヒューと、相も変わらず冷たい北風が吹いている。

だけど日差しは随分高くなって、毎朝の立哨の日陰もジリッジリッと短くなってきている。

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私の立つ交差点は建物の影になっていて、日差しが届くまで残り3m(15日)になったのだ。

明日の立春を前にして、この時期になると、どうしても春の気配を探してしまう。

我が家の河津桜の花芽も随分膨らんで、良く見るとその中の一輪が花を開こうとしている。

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いやさ桜よりも、この時期はまだ梅の花であって、紅梅が見事に咲き始めている。

五世紀の中国、陸凱の五言絶句に「一枝の春」の表現があって、正にこの季節の気分だと感じた。

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 折梅逢駅使(梅を折って 駅使に逢い)

 寄與隴頭人(隴頭の人に寄与す)

 江南無所有(江南に 有る所無し)

 聊贈一枝春(いささか贈る 一枝の春)

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「一枝の梅を手折って飛脚に託し、隴山の畔に住む君に送る。

この江南にはまだ君に差し上げる物は何も無いので、先ずは一枝の春をお届けする。」

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春を待つ思いを乗せた簡潔な詩だが、はて「隴山の畔に住む君」とはどんな人なのか?

しかして、こうした交友関係をこそ羨ましいと思うのだが・・・・。

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私はと言えば、一昨年から年賀状の一葉も出さず、中元・歳暮の類も含め、あえて不義理を普通にしようとしている。

義理の付き合いも大切だろうが、「一枝の春」で心通う付き合いができりゃ最高だね。

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ともあれ、春の足音が遠くから聞こえてくるのは事実だ。

馬鈴薯を伏せたり、春大根を播いたり、それに葡萄と、春に追掛けられる毎日がやってくる。

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いきなり現実的な話しになったが、一枝の春を探して回りたいとも思っている。

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