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2017年3月30日 (木)

琵琶湖旅情

仲間達は今日も琵琶湖の北半分を走っていると思うと、無性にあの湖が恋しくなる。

湖岸には水運によって開けた幾つもの町や戦国期の城、伽藍の厳めしい寺社が連なり、

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あの地には歴史が幾重にも積み重なっていて、そして今日の佇まいになっている。

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彦根に於ける佐和山の悲劇・豪壮な城郭と城下町、長命寺の古代仏教と聖徳太子、

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近江八幡の豊臣秀次と近江商人の勃興・掘割の街、石山寺の紫式部、三井寺の盛衰と弁慶、

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比叡山という歴史の山・・・・それらを自分の足で踏みしめ、

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そこで暮らした人々を偲びながらの三日間だった訳で、昔と今の時空の旅でもあった。

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それにあの歌を思いだす。

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我は湖(うみ)の子 放浪(さすらい)の 旅にしあれば しみじみと

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         昇る狭霧や さざなみの 滋賀の都よ いざさらば

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         松は緑に 砂白き 雄松が里の 乙女子は

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         赤い椿の森蔭に はかない恋に 泣くとかや

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         行方定めぬ波枕 今日は今津か長浜か

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そう・・瀬田川の辺りでは、学生の合宿だろうか、早朝から幾艘ものボートが見られた。

あの琵琶湖で水難がどうして起ったのか想像し難いが、それも歴然とした歴史でもある。

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ともあれ、私達の時空の旅も人生の日々と同じで、瞬く間に過去の出来事になっていく。

おそらくは私の80歳計画も、過ぎ去ってみればかくのごときかとふと思ったりする。

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計画は80歳を仮の死期と定め、それまでの10年間に何を為すべきかの計画である。

何もせずにのんびりも良いが、私にはピンピンコロリ、走り回って突然死ぬのが似合いだ。

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それまでの間、あれもこれもし尽くして、相続などの必要も無くしたいと思っている。

今回走られなかった北半分は、今年の秋にでも改めて訪れようかと考えている。

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コメント

相変わらず忙しいそうですね~!
琵琶湖は南と北では異なる顔を持っていますので再トライはベターな選択と思います。
個人的には北琵琶湖が昔の趣があって好きですね。
機会があって、ゆっくり走りでよければ同行させてくださいね。

投稿: 神戸のイノさん | 2017年3月30日 (木) 19時02分

はぁ〜い、イノさんお久しぶりです。その折には、是非ご一緒してください。昨年の余呉湖の帰りを思いだしました。北近江も歴史の地ですよね。
                山草人

投稿: 山草人 | 2017年3月30日 (木) 19時51分

山草人さん
琵琶湖周遊ではお世話になりました。前半は山草人さんが引っ張って行って下さったおかげでほぼ予定の距離を踏んでいましたが、ご帰還された後は、次第に旅走りが旅歩きに変わり、最後は観光になってしまったような…(汗)。とはいえ走って通り過ぎてしまうにはもったいない名所旧跡の数々。最終日には賤ヶ岳に登り眼下に琵琶湖と余呉湖の両方を眺めて感慨にふけったわけでございます。明日の見沼でまた山草人さんのお顔を拝見できますね(笑)

投稿: そよ子 | 2017年3月31日 (金) 22時19分

琵琶湖でお世話になり、そして今日は見沼ですっかりお世話になってしまいました。桜の満開を期待していたのですが、その代わりにそよ子さんの笑顔がいっぱいで、すっかり満喫させていただきました。
 見沼干拓の歴史も勉強になりましたし、心地よいコースを走れただけでも、幸せです。それに、氷雨にならなかっただけでも、そよ子さん達のご尽力のお蔭かと思います。
               山草人

投稿: 山草人 | 2017年4月 1日 (土) 17時00分

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