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2017年3月10日 (金)

壮にして学べは

私も学校の勉強は好きじゃなかったけど、子供達は何故が勉強嫌いになるんだろうか。

それはあの頃の勉強が、強いて勉めさせるものだったからだと思っている。

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勉強は辟易だったがテストの成績には関心があって、必要からそれなりに勉強はした。

それで大学を卒業して最もホッとしたのは、これでもう勉強しなくて良いってことだった。

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その天高く晴れ晴れとしたのも一時で、やがて勉強は「仕事を覚える」ことに変わった。

これも強いられるに違いは無いが、今度は正に自分の生きる為の学びだった。

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思えば、仕事に関しては懸命に学び、考え、工夫する現役時代だった。

だが現役を卒業すると、その学びの必要が一気に無くなって、

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併せて情報量も激減したから、一時は腑抜け状態になったと思う。

長年の勉強から開放された訳だから喜ぶべきだろうが、人間必ずしもさにあらずだった。

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かつての仲間の飲み会などでは、十年一日の如く同じ事を言っている同輩がいる。

退職と同時に学びを止め「世の中、こんなもんさ」って具合に達観して、そこで人間が止まってしまったのだ。

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かつて尊敬していた先輩もそんな具合で、ガッカリさせられたりもした。

私の図書館通いが始まったのはそんな頃で、「かつて読めなかった本を全部読んでやれ」って勢いで臨んだ。

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やがてそのジャンルは限られてきたが、今でも月に20冊くらいの本を読み漁っている。

かつての強いられたり必要に迫られた「勉強」とは、正に様変わりで、

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小難しい本も読む訳だが、これが何故か(知的好奇心をくすぐられ)楽しく感じている。

そして読み書きは両輪で、ボケ防止と若さを維持することに大いに役立っていると思う。

昨夜の佐藤一斎先生の言葉に「小にして学べは、壮にして為すあり。壮にして学べは、老いて衰えず」とある。

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殊に、人生の味わいは学ぶことによって深まるのではないかと思うに至っている。

だから人間幾つになっても、好奇心と自ら学ぶことを止めないことだが、

子供達にも学びを面白くする工夫が是非とも必要だと思う。

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