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2017年4月30日 (日)

古代の巨大建造物

中国は北京を訪れている。

気温28度、オゾンの匂いがして、少し蒸せる様な暑さである。

かつて月からも見えるとされていた万里の長城、その城砦を走る大会に参加するのである。

中国の歴史書「史記」には、長城について「それは地勢に従い、険阻な場所に砦が作られ、

臨洮から遼東まで、延々一万余里」と記述されている。

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「万里の長城」の万里は、この史記の記述に由来するのだが、実際は6000k余とされる。

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それにしても、秦の始皇帝(紀元前221年)から、漢や明など歴世の王朝が心血を注いで、

しかも険阻な場所に人力だけで、延々1500里もの城砦が築かれたのである。

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長城の目的は、韃靼(蒙古)なと゜北方の騎馬民族から中華を守ることだった。

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しかし実際には元は蒙古民族だし、清王朝は満州族だから、長城は機能しなかったことになる。

当然ながら異民族支配の時代には長城は放置され、長い間崩壊を余儀なくされていた訳だ。

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因みに、元の時代に中国を訪れたマルコポーロは、長城のことは一切触れていない。

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関心すら持たれなかったのだろうが、しかしその後長城は歴史遺産として見直され、

山海関や嘉峪関、八達嶺などは修復されて、今では重要な観光資源になっている。

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ところで、この長城は長い間「月からも見える」と(私もそう思っていた)とされていた。

しかし、総延長は長いにしても、幅10m足らずの構造物が見えるはずも無く、勿論ホラだ。

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それでも宇宙飛行士アームストロングがリップサービスで「見えた」と発言したりしたが、

2003年中国初の有人飛行舟「神舟5号」の楊利偉は、「我々の長城は見えませんでした」と明確に否定している。

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月から見える逸話は、それ程巨大な構造物だと、ロマンとして言い継がれてきたんだろう。

ともあれネットを見ていてこのマラソンを知り、吸い込まれるように参加にクリックしていたのだ。

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後は野となれ山となれだが、どうやらそれは石段の山の連続らしく、厳しいトレイルと知った頃には後の祭りだった。

まぁ~何とかなるだろうと、王府井を散策しながら不安と期待に戸惑っている。

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王府井は、明代以降皇族の邸宅があったところで、北京随一の繁華街である。

サソリのから揚げなどを売る店が並び、人々が群れ溢れていて如何にも中国を思わせる。

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しかし、30年近く前に訪れた中国とは、全く違った国になっていて、人々の姿も明るい。

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コメント

ついに
万里の長城ですか~

私もこのマラソンのことは知っていましたが
階段、アップダウンの連続だと聞いております。
が・・・
こんな経験はなかなかできません。

楽しんでください。
報告が楽しみです。

投稿: ヒロボー | 2017年5月 1日 (月) 05時18分

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