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2017年4月27日 (木)

自分の生きる物語

私も古稀を迎える年頃になって、やっと「自分の生きる物語」を認識できるようになっている。

自分ってヤツが分かって来たって言うか、こんな性格で、趣味も定まっていて、

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こんな人達と付き合って、家族の力関係やら自意識はこの程度だと分かるってこと。

それが所謂アイデンティティであって、周りからも「そういうヤツだよな」って認めてもらってる。

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つまり自分の形が定まっている訳で、そういう意味じゃ人生で最も心の安定した状態にある。

「それで良いじゃないか」と思うが、穿った見方をすれば「リスクを取らなくなった」ってことだ。

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思えば、現役時代はいつも満身創痍で、悩みを抱えていない時なんて皆無だった。

同僚のちょっとした言動に傷つき動揺し、そのくせあくまでも平静を装っていたり。

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間接的に理不尽な悪口が聞こえてきたりすると、心の底に逆襲感情が沸き起こったりもした。

自分が正しいのに何故なんだと、不愉快な感情を押さえ込めないことだってあった。

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そう、自分の存在が否定されることは、誰の人生にとってもいかにも不愉快な事である。

「人から何を言われても気にするな」なんてのは、人間の感情を知らない者の戯言に過ぎない。

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要するに人は本来、他人にその存在を認めてもらいたいんだ。

然るにこの点でも、馬齢のお陰で他人の目を気にして萎縮するって事が少なくなっている。

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それに清貧ぶる訳ではないが、あれが欲しいこれが買いたい食べたいなどと言う欲望が少なくなった。

而して自分で自分を認めるって言うか、「まぁ~こんなもんか」って自分の生きる物語を観ている。

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論語に「吾 70にして心の欲する所に従いて矩を越えず」とあるが、こうした心境を言うのかどうか?

人は兎角自分の人生と他人の人生を比較して、それで妬んだり嘆いたりする訳だ。

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だけど結局のところ、自分の物語を生きるっきゃ無い訳で、自分の物差しを持って、

他人を認め、自分も認めてもらって、尚且つ自分で自分を認めてやりゃ良いんだ。

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そんな簡単な事が分かるってのは、・・・・あぁ〜古稀かぁ!!

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