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2017年4月 7日 (金)

運命は性格なり

今朝は新一年生にとって初めての登校日と言うのに、あいにくの雨になってしまった。

朝の街頭に立つのも10年目に入った訳だが、その子供の数が年々減って淋しい限りだ。

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とは言え、元気に登校する新一年生の顔は活き活きとしていて、幼くも頼もしい限りだ。

今日は私の関係する高校・中学でも入学式があって、暫し張り詰めた空気の中で過ごした。

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子供達にとっては初めて体験する空間と人の場であって、隣の人間とて初対面なんだから緊張は当たり前だ。

しかし学校とは不思議なもので、見ず知らずの人間が集まって、そして10日もすれば百年の知己のように過ごすことになる。

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そうやって何度も精神的脱皮を繰り返しながら、心身ともに成長していくのである。

やがてその人固有のキャラクターが輪郭を現し、何の何某の人生を演じるようになるのだ。

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どうしてそのキャラクター(刻まれた性格)が生まれるのか分からないが、まさしくキャラクターこそが自分自身だ。

そしてそのキャラクターが、その者の運命(人生)を創っていくのである。

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つまり運命とは、その人のするようにしかできず、キャラクターの醸し出すものでしかない。

とどのつまり、その人はその人以外になることだけは、決して出来ないってことだ。

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禅問答はさておき、性格は一人ひとり違っていて、私の場合もその性格が今日の私を創った。

クズで臆病で小心で、ケチで怒りっぽくて見どころの少ない男だけど、それでも一つの人生を演じてきた。

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入学式の席にいる三百余人の子供達にも、未完成ながらそれぞれのキャラクターがあって、

これからその性格が、それぞれの運命の物語を創っていくのである。

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それにしても、その人がその人なのは、やはりそのキャラクターの故なんだろう。

そういう意味で、自分自身が好きな訳ではないが、この期に及んで自分の八割は認めるようになっている。

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はて、この先も、この同じキャラクターが演じることになるのだ。

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コメント

自分は幸せな人生を送れていると思ってますが、自分のキャラクターが生み出した人生だと思うと自分に自信が持てますね(^^)

投稿: 弥生 | 2017年4月 9日 (日) 11時57分

そうですね、弥生さん。こればっかりは、どうしようもない。自分の道は、自分で淡々と歩み続ける他ありません。躓いたとて、それは自分が躓いたんであって、その演出を自分のキャラクターがやって居るんだから、納得する他ありませんよね。望むらくは、より楽しい人生にしていくことですね。近年は、そんなことばかり考えています。
                 山草人
 

投稿: 山草人 | 2017年4月 9日 (日) 18時59分

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