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2017年4月10日 (月)

時の蓄積

人生において最も大切なものは、時の蓄積なのではないかと思う。

歴史の遺産や思いでの蓄積、はたまた経験の積み重ねなどと言い換えても良いだろう。

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誰と出会い、何を考え、どういう行動をし、歴史とどう関わってきたかが人生だからだ。

今初に訪れた見沼用水は230年前に造営され、今日なおその原型を残していた。

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数知れない人々の手作業によって40数キロの掘削が行われ、利根川の水を引き入れた。

その堤を走りながら考えることは、やはり当時の人々の汗と生き様であって、

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地形に沿って蛇行する水路の姿や、その堤に延々と続く桜並木には人々の思いが溢れていた。

そして昨日訪れた三井寺でも同じ事を感じて、本堂は北の政所(ねね)の寄進と言うから440年前の建物だ。

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弁慶の引き摺り鐘の言い伝えが真実なら、鎌倉期以(800年以上)前の釣鐘と言うことになる。

三井寺の呼称の元になった井戸からは、天智・天武・持統帝の産湯を汲んだらしいから更に古く、

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あちこちに築かれ苔むした石垣には、否応もなく時の蓄積を感じさせられたのである。

私達が古い神社仏閣を訪れるのは、何も信心深いからではなく、そうした時の蓄積に触れたいからだと思う。

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人間の一生も短いながら、その時の蓄積に他ならず、誰もがやがて何時か終りを迎えなきゃならない。

しかして私も随分生きてきて、既に酸いも甘いも噛み分ける年頃になっている。

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いやさ、若さの継続を信じて行き当たりばったり過ごすのでは、残りの人生は秋の日同様の釣瓶落としだろう。

しかし残された時間はたとえ少なかろうと、幾分は人生の時間を読めるはずで、決して無駄に過ごすことは無かろうと思う。

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そうやって、私達は代々歴史を創ってきたのである。

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