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2017年5月20日 (土)

空のくう

無始無終 我が一心 不成仏の性 本来の心。本来成仏 仏の妄語。衆生本来 迷道の心

以上は異色の禅僧一休の言葉で、心眼を衝くというか誠に正直な言い様で、私のような凡人にも納得がいく。

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その意味は「私の心に始まりも終わりもない。それに仏になれるなんて考えちゃいない。

成仏できるなんてのも、お釈迦様の妄言さ。人の心は迷って当たり前なんだ。」ってことだ。

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一休和尚は仏教界から「それを言っちゃ、お終いよ」ってなことも言って、故に愛された。

ところで今日は、明日の100k走のために八ヶ岳の麓・野辺山高原に来ている。

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もう二十数年来、この時期になると遠路遥々とこの山里にやってくるのである。

そう・・・100kを始めて走ったのも日本一過酷と言われたこの大会で、以来毎年通い詰めている。

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当然ながら一所に参加するメンバーが入れ替わりこそすれ、私の気持ちは当時と変わっちゃいない。

ただこの間に流石の私も壮年から老年へと移り、山越え谷超えのレースに年々思いのほか難渋する様になっている。

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しかしこのレースは、言わば走る禅(座禅に対する動禅)であって、俗世の垢にまみれたこの身には一休和尚の本音が福音なのである。

レースが始まればただただ無心でひたすら走るだけ、止めよう・歩こうと常に誘惑されるが、

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その自分の弱さを自覚しつつ、それでも夢遊病者のようになりながらもゴールを目指すのである。

現地に着いて受付を済ませたが、会場もその雰囲気も22年前と少しも変わるところがない。

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私も何ら変わるところはないと言いたいが、昔の様に逸る気持ちは無く、14時間の禅に臨む平らな気分だ。

大丈夫、きっと完走出来ると思い定め、弱気の自分との戦いを始めようとしているのだ。

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そう・・・100kは気力の戦いだから、明日はひたすら「淡々」と足を運ぼうと心に期している。

「始めなく 終りもなきに 我が心 生まれ死するも 空のくうなり」(一休)

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