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2017年5月 3日 (水)

天安門の広場へ

あの天安門広場に、始めて足を踏み入れた。

近世の中国の歴史と深くかかわり、その動乱の度に世界が注目した場所である。

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そう・・1926年には3,18虐殺事件(列強の干渉)があり、1949年には毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言したのもこの場所だ。

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紅衛兵の行進や民主化運動弾圧(1989天安門事件)、1919年の学生の五・四運動など、常にこの国の歴史を映してきた広場でもある。

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広さは44万平米で50万人以上収容できるとされ、地下には集会時のトイレ用の穴さえ開けられている。

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とは言え広場に近づくと、あちこちに検問所があって、持ち物チェックが空港並みに繰り返し行われる。

私はウエストポーチの中の旅行ガイドやパンフレットまで、詳しく調べられた。

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2013年の自動車突入(チベット族のテロとされた)事件以来、厳重な警備が続いているらしい。

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広場はもともと紫禁城の正陽門から天安門に通じる通路で、かつてその両側には朝廷の諸機関が並んでいた。

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その機関やら倉庫群が取り払われ、代わって毛主席記念堂や人民大会堂、人民英雄記念碑が建っている。

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いずれにしても、この国の広大さを反映していて、世界最大の広場である。

この場所から北京オリンピックのマラソンはスタートし、現在の北京国際マラソンも同様だ。

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さても平日なのに大勢の人々(修学旅行の学生なども)が訪れていて、

正陽門から天安門に至るだけでも相当に遠く、かなりの時間を要する。

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ところでこの三十年、中国は共産主義から現実主義へと舵を切り、特に北京オリンピックを契機に大きく変わった。

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二十数年前に訪れた際の、あの混沌と薄汚れた貧しさは影を潜め、

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片道6車線(サイドの道を含む)ほどの道路が縦横に走り、中央分離帯には、バラが美しく咲き誇っている。

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街路も整然と整い、高層マンションが小奇麗に林立するのが、少なくとも北京の姿だ。

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名物だった車の警笛も影を潜め、公衆マナーも少しずつ改善している様だ。

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それでも50以上の民族を包含したこの国の治政は、やはり容易ではない様子である。

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天安門前の広場は、その広大無辺さと言うか、この国の統治の難しさを象徴している。

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いずれにしても明から清へ、そして中国共産党一党支配へと、この国の中心の広場である。

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コメント

万里の長城、お疲れ様でした。
翌日またあのものすごい人混みの中で再びお会いするとはまさか思いませんでした。山草人さんのゴール写真をお送りしたいのでまたアドレス教えて下さいませ😃再見

投稿: 磐田のムラキ | 2017年5月 4日 (木) 15時59分

ホント、正に奇跡ですよね。あの紫禁城には一日に8万人が訪れるそうですが、その1/80000ですからね。でも、驚きと同時に、気持ちが浮き上がるかのように嬉しかったですね。
 ともあれ、お二人とも完走で、おめでとうございました。特に旦那さんは、あの階段だから、大変だったんじゃないかなぁ。
それからメールアドは、何らかの方法を考えます。
               山草人

投稿: 山草人 | 2017年5月 4日 (木) 17時25分

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