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2017年5月25日 (木)

一粒の種

朝からほんの少しだがお湿り(雨)があって、小ネギ、インゲン、夏大根、大豆の種を播いた。

種と言うのは不思議なもので、ダイコンを播いてニンジンが生えてくるなんてことはない。

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必ず、彼ら本来の個性を持った植物が生えてくる。

この点人間の場合、それなりの形質を受け継ぐとは言え、必ず親と同じ個体が育つ訳じゃない。

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否むしろ、生まれてからの家庭環境や教育によって、別物に育ったりもする。

どんな教師と出会うか、どんな友が出来て何を語らうか、人生に何をいつ見出すかでも変わってくる。

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そういう意味で、人間の種は育てよう(育ち方如何)なのである。

今日は地元の中学校の学校運営協議会があって、その苗の育て方を協議したのである。

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一年生は全体がざわざわと未だ中学に馴染んじゃいないし、二年生は生徒会に誰を代表に出そうかと相談していた。

そして三年生は、高校から先生を招いて進路説明会である。

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人間は、小学・中学・高校とその段階ごとに「脱皮」をしながら大人になっていく。

その脱皮を誤るとグレたり引き籠ったりと、それでなくとも目的を誤ってしまったりする。

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植物ならそこに居座ったままだが、人間の場合には自分の足で歩かなければ目的地に辿り着けないのだ。

だから教育は、それぞれの個性に対して自分で歩くことが出来るように仕向けてやることだろう。

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そういう意味では、学校は種を播くのと同じことかも知れない。

そもそも意図して「種を播く」のは人間だけで、動物は自然に体につけて運ぶことはあっても決して種蒔きはしない。

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狩猟採集生活から抜け出した人間だけが、種を播くことを始めて今日の文明を築いたのである。

しかしなから、子供の心に種を播く(火を灯す)のは容易ならざる熱意が求められる。

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