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2017年5月28日 (日)

現実浪漫

午前中の山走りの日課を終え、浜松で開催されるマンドリン奏者青山忠さんの音楽会に出掛けた。

弦色浪漫と題したアンサンブルのひと時である。

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実は私にとって音楽は猫に小判みたいなもんだが、それでも美しい旋律は心地よい。

音痴と言うのではないが、実際はそれに近く、ひけるものと言えば布団くらいしか無い。

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それでも学校の頃の音楽の成績は良くって、音楽の先生から合唱部に誘われたりした。

何故成績が良かったかと言うと、音符の第一小節だけをすべて暗記していたし、

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キーモニカは荒城の月だけを特訓していて、だから音楽のテストはいつもほぼ満点だった。

左様に音楽は苦手なジャンルだから、あの小さな楽器から絶妙な音を奏でる技には敬服する。

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どんなことでもプロの技は凄いが、音楽家もそれで生活しているんだから並みではない。

この点サラリーマンはプロの技能無きプロであって、退職してさして役立つスキルはない。

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そう言う意味で、プロとは全く異なった生き方をしてきたのだと思う。

そのサラリーマンの世界で、ひたすらコツコツと正に亀の様に40年近くを過ごしてしまった。

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自分にプロの真似は出来ないと覚った上でのサラリーマン生活だったから、コツコツは私にとって最後の砦だった。

ウサギと亀の掛け比べの童話があるが、足の速いウサギが負けてしまう物語だ。

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では何故、亀は足の速いウサギに勝つことが出來たのだろうか。

それはウサギが亀を見て走ったのに対し、亀はゴールを目指していたからに過ぎない。

実は私達のサラリーマン生活も同様で、大抵は職場のライバルを意識して仕事している。

自分の生きる上でのゴールを、見失ったまま生活しているのである。

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そして、甘いと言われるかもしれないが、それは人生に浪漫を求める心なんじゃないか。

自分の人生に何がしかの浪漫を求め続けることが出来たなら、それでプロに近づけるんじゃなかろうか。

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コメント

青山忠マンドリンアンサンブルのコンサートにお出かけいただき、ありがとうございました。運営に関わり、さまざまな準備はしてきたつもりでしたが、何とか良い演奏会になったのではないかと思います。あの音色は、まねしたくてもなかなかできません。

投稿: 東 功一 | 2017年5月31日 (水) 07時20分

盛会裏にコンサートが開催されて、準備をされた皆さんのご苦労に頭が下がります。流石にプロの音色と言うものは違うと感心させられました。それぞれの曲に、味わいを感じましたね。
 マンドリンアンサンブルの活動も素晴らしいものとエールをお送りしています。今後もますます地域を代表する演奏団体として活躍されることを祈念しています。
               山草人

投稿: 山草人 | 2017年5月31日 (水) 18時24分

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