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2017年5月29日 (月)

始めも終りも

物事に始めがあれば何時か終りがやってくる・・・これは人生と同じである。

おぎぁ~と生まれて母親のおっぱいにすがり付き、やがてそれも乳離れとなり、

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自分の足で歩き始めて爛漫で甘酸っぱい子供時代を過ごし、それもやがて(モラトリアム)卒業と共に大人になる。

社会を支える構成員の一人として就職(業)し、働き手として人生の大半を過ごすのだ。

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それも過ぎてみれば束の間で、やがて老いに向かって人生最後の冒険を始めなければならない。

人はそうやって順繰りに生まれては死に、死んでは生まれることを繰り返してきた。

「何故、何のために生きるのか」などと考えないではないが、

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そうした宇宙の厳粛な摂理の前には、ただただ「そうしたもの」と納得せざるを得ない。

この私も50年近く何らかの組織の一員として働いてきたが、古稀を前にしていよいよ見切り時とするつもりだ。

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そして向後は一農夫として園芸を楽しみ、ラン仲間と遊ぶ日々がくるのだろう。

老いに向かっての冒険と書いたが、これは年齢との戦いでもあって当然未知の挑戦だ。

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もっとも、後生大事に挑戦などと言っては見ても、かつて経験したことのないステージだから、あくまでもそれは自然体である。

もともと人間なんてそんなに大業なものであるはずも無く、生まれた時から余生を生きてるようなものと考えればよい。

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ともあれ、いよいよ私にとっての人生の第三ステージが始まるのである。

このステージの上演時間が如何ほどか知りたいものだが、こればっかりは神のみぞ知る。

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それこそ明日何が起るやも知れないし、結局は「今」を生きるっきゃないのだが・・・。

而して、勝手に人生80年と決めて、それなりの生き甲斐を追求しようと思っている。

好き勝手な残りの人生だが、これはこれで結構楽しかろうと期待している次第だ。

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ところで米国での死を前にした人達への調査によると、その九割程の人が「もっと、

冒険(出来る時にできる事を)しておけば良かったと後悔するそうだ。

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正に後の祭りで、明日有りと思う心の故に、人間にとって冒険はかほど難しいのだ。

私も、その冒険を躊躇する年齢に、刻々と近づいているのである。

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