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2017年6月16日 (金)

時中の言

文は人を現すと何時か書いた様な気がするが、人は多くの場合言葉によって評価される。

多弁な人、寡黙な人、それは人それぞれだが、言葉はその人なんだろうと思う。

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とかく多弁な人はおっちょこちょいで、如何にも物知り顔にあまり関係ない事をしゃべったりする。

まぁ〜人が知れる訳でこれは御し易いが、逆に寡黙な人はなかなかその心中が測り難いものだ。

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しかしまぁ・・・世の中は益々軽躁になっているように思う。

例えば今日の国会しかりで、強いて誇張して人に宣伝しようとする言葉ばかりである。

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例の獣医学部設置に関しても、「だからどうなの」と聞き糺したくなる言説ばかりで空回りだ。

それはそれぞれ権限を持つ省庁にしてみれば、様々なメモやら見解に溢れていて当たり前だ。

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常時誰がどう考えているとか、それにどう対抗するかなどを考えているのが「省庁だ」。

例の特区に関しても、文科省だって馬鹿じゃないから、内閣府の考えは?農水省は?と情報を探り合っていたはずだ。

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当然、内閣府へ出向している文科省の密偵からの情報もあるだろう。

だから関連の文書なんて無数にある筈で、そんなもの箸にも棒にも、話すだけ無駄。

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況や、その内部メモがあったのか無かったのかなど、どうだっていいはずである。

それを高額な歳費を費やして延々とやって居るんだから、その心底を疑ってしまう。

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昨日まで牛歩して期限切廃案を目指していたはずの、共謀罪法はもう忘れたかのようだ。

国会が審議すべきことは、国家特区の制度が正しく運営されているか否か、そしてその効果如何ということだろう。

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国民に分からないのは、国会が何をやっているのか分からないってことだ。

ついつい脱線したが、佐藤一斎の言志耄録に「言語の道 必ずしも多寡を問わず、

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只時中を要す。然る後人その言を厭わず。」とある。

時中とは、時に中(あたる)すと訓んで、その時々の必要にピタリと的中することだ。

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私も、肝心な時に肝心な言葉を発する、そう言う老人になりたい。

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