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2017年6月19日 (月)

過ぎ去りし日々

マーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」は、南北戦争と共に過ぎ去った「何か」を現していて印象深い小説(映画)だった。

この六月は、私にとって新しい生活が始まろうとしていて、心のどこかにかすかな痛みを感じている。

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多分その痛みは、過ぎ去って還らないものを後ろに残してきたと言う思いだろう。

そう・・・それは何って一言で言えるものではなく、50年近い私の人生の諸々なのである。

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春夏秋冬季節は必ず巡ってくるのに、そこにいる自分は昔の自分ではないという思いだ。

「風と共に・・」のエンディングは、(アイスランドの)ヒース(の自然)に帰ろうだったと思う。

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父母の生まれ故郷のあの荒涼たる大地に、自らの波乱の人生を映しているのである。

私の場合は戦争があった訳でもないが、この70年それでも時代は随分と変わってきた。

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否時代はともかく、私にとって何かが確実に過ぎ去って行ったのである。

ところで今、玄関横の大きな鉢にジャカランダ(南半球では日本の桜に相当)が咲いている。

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我が家にやってきて十年余になるのだが、昨年から花をつけ始めたのだ。

南半球の春は10月だが、この新学年(卒業・入学)が始まる時期にジャカランダが咲く。

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人々は日本の桜と同様に、この花を見上げて何かを思うのである。

毎年巡りくる春と、自身の人生の過ぎ去った部分を、どこかで冷静に眺めるんでしょうね。

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かつて25年程前にオーストラリアを訪れた折、満開のジャカランダ並木を歩いたことがある。

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その時の同行者は既にこの世にいないのだが、やはりこの時期にジャカランダは咲くのである。

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季節は繰り返し巡り来るのだけれど、過ぎ去った人生の日々は還らない。

先日訪れた見付の大見(ダイケン)寺にもジャカランダがあって、忽ちにしてそんな感慨を懐いたのである。

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Gone With The Wind・・・・・だからこそ、この一日をしかと生きなければならないと思う。

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コメント

ジャカランダ今回のマラニックで初めて知りました。楽しませていただきました。jyカランダのライトアップが熱海にて行われているそうですね、今週末は夢街道ですね、頑張って下さいね、翌週の日光もね!!!!!

投稿: 掛川ノブ | 2017年6月23日 (金) 12時33分

オヤ、ノブさんは今回夢街道は欠場かな?ともかく、真っ暗な闇の中を自らのライトの照らすままに、ひたすら走ってきます。先ずは、諦めないってことですよね。
 日光のいろは坂を越えるのまでの30k近くは、相当の急斜面の登りが続くようです。この33kの関門をクリアーできるか否かが、今回の試金石になりそうです。やるっきゃないですね。
               山草人

投稿: 山草人 | 2017年6月23日 (金) 16時38分

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