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2017年6月13日 (火)

老いて学べば

人生などと言うものは、敷かれた線路の上をまっしぐらに進むものと思っていた。

事実、私も真実一路さながらに進んできて、ここに来て「さて、何を学ぶべきか」と戸惑っている。

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限りなく敷かれた線路だって曲がりくねってるしトンネルもあるし、夜のとばりだって訪れる。

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先日訪れた岩村は、幕末の儒学者佐藤一斎のふるさとでもあって、一斎にはこれまで度々お世話になってきたことを思いだしたのだ。

「少にして学べば、則ち壮にして為すことあり。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。

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老いて学べば、則ち死して朽ちず」・・・とは、佐藤一斎の言志晩録の一説である。

岩村は山間の城下町だが、江戸時代の街並みの風情をそのまま残す不思議な所だ。

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その城下を歩きながら、佐藤一斎という男とその思想を思っていた。

佐藤一斎の言志四録は、正に人の生き様を言葉にしていて、心に響く中味がある。

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実は今日、少し時間にゆとりがあって、山田洋次監督の映画「家族はつらいよ」を観たのである。

映画は70歳を過ぎた男の悲哀と人生の一時を活写しているのだが、映画の老人に老いて学ぶとは何かを考えていた。

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家族なんて何処の家も同じで、さして楽しいものでもないのだが、これを失うとなると、それはさて人生を失うに等しい。

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誰にだって我がままはあるし、その我がままを言いながら生きている。

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家族は、そいつを許容してくれる人生のオアシスなんだと思う。

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私も人生のあれこれを終えてきて、これからはサンデー毎日の毎日になる。

「やれやれ、これで悠々自適か」と思う一方で、この先の線路の行方を考えている。

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「老いて学べは、則ち朽ちず」とは、一斎は何を言いたかったのだろうか?

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コメント

山草人さん、飛騨高山ウルトラマラソン、お疲れ様でした!93.3キロまで行って悔しいですね。でもそこまで行けるのですから大したもんです。100キロのスタートラインに立てるだけでも大したもんです。新たな挑戦はつきないのですね。もう歳だからなんて言わないでください(笑)!

投稿: そよ子 | 2017年6月13日 (火) 22時31分

そよ子さん、有難うございます。とことんNever Stopで行きたいと思っています。ところで、日光でそよ子さんとお会い出来るんでしたっけ?
山草人

投稿: 山草人 | 2017年6月14日 (水) 06時38分

日光では残念ですが、お会いできません。○△さんとホリエモンどのは参加表明していますよ。イロハ坂、駆け上って下さい!

投稿: そよ子 | 2017年6月14日 (水) 18時08分

そうですか! 少しすましたそよ子さんの笑顔に会えると楽しみしていたのに、それはそれは残念です。
 それにしても〇△さんはともかく、ホリエモンさんはめっぽう登りが苦手だったはずですが・・・。それはともかく、お二人の応援もさることながら、私の背中も押してくださいね。
                山草人

投稿: 山草人 | 2017年6月15日 (木) 12時55分

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