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2017年6月15日 (木)

高等遊民

戦後の農地解放までは地主階級と言う人々がいて、その子弟などは仕送りで正に遊民の暮らしをしていた。

明治大正時代の小説には、そんな身分の人物が数多く登場する訳だが、彼らは往々にして

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人生を考えたり、恋したり失恋したりして、それが小説のテーマになっていた。

そんな小説を読んで「恵まれた連中がいたものだ」と思ったが、今じゃ働かにゃ食えない時代だ。

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いや、ニートなどと呼ばれる人間が五十万人以上いるってから、例外はあるのだが、

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それだって「何時までもあると思うな親と金」で、何にもしないってのは覚悟がいることだろう。

私の場合にはそんな上等な身分じゃなかったから、躊躇するまもなく働かざるを得なかった。

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そしてひと頃は仕事が人生だと考え、働くことこそが自己実現と信じて動き回っていた。

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そうして今、その生甲斐だった会社を離れ、諸々の仕事もしなくていい身分になった。

併せて組織への責任も義務も、その人付き合いさえからも解放されている。

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おまけに日本年金機構なるところから、決まった額が定期的に支給されるようになった。

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つまりさ、ささやかながら昔の高等遊民の暮らしができる身分になったって訳だ。

だから、思いっ切りこの一回きりの人生を楽しまなくっちゃ損じゃんと、真剣に思ってみたりする。

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だけど今更、恋だの友情だのって、周りを見まわしてみても、既に時遅しって感じかなぁ〜。

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それに一昨日の「老いて学べば」の如く、人間ってのは快楽を追い求めていくと馬鹿になる。

だからして、人間は働いている方が楽なんである。

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年金暮らしの高等遊民なんて、何にもせずに死ぬのを待てってことでしょ!!

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少なくとも≪食べる≫為に苦労しなくて良くなった分、やはり荒業は止められないな。

毎日三時間以上山の中を走って、そうして時々(かなり頻繁に)レースに出掛ける。

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レース途上でバタっとこの世を去るような、そういう年寄りに私はなりたい。

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コメント

高山のウルトラ残念でした。私は、60で歳を感じていますが、70目前でウルトラマラソンを走れること自体凄いと思います。毎週、小笠山へ行って、60歳以上の青年が山道を15キロ、20キロ走る姿を見て、私も勇気を貰っています。頑張れ山草人
私達の道標になってください。

投稿: 高御所の河内 | 2017年6月16日 (金) 08時25分

頑張れ山草人・・何時も、そう自分に囁いています。何のこれしきで負けるなってね。
 人にはそれぞれの生き様みたいなものがあって、弱気な人・強気な人、捻くれ者や頑固者なんていてね・・・それで私は、前にしか進めないイノシシみたいなタイプなんだと思っています。要するに、馬鹿ってタイプ。そんな男の生き様は、やはり撃ちてし止まんですよね。精一杯生きて、そして泰然とこの世を去れば良い。
 とてものこと、道標なんてなれないけど、後悔はしたくないなぁ〜。人は、やり残すことが最大の後悔だからね。
               山草人

投稿: 山草人 | 2017年6月16日 (金) 19時39分

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