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2017年7月12日 (水)

晴耕雨読

今朝はピーマンを収穫していると、北九州の豪雨もかくやと思われるような雨が降り出した。

前庭がたちまち川の様になって、排水溝からも水が溢れ出した。

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ブドウやオクラ・キュウリの収穫は終えていたから、これも程良き雨だと黒雲を眺めていた。

ところで私もようやく農耕民族の末裔らしくなって、陽に従い、自然に従い、この瑞穂の国の四季を正しく暮らし始めている。

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つまり取り立てての予定などありはしないから、今日は種を播き、明日は畝を立て、水をまき、雑草を取り、やがての収穫を待つのである。

その日にするべき(出来る)ことをその日にキチッとやって、残りの時間をランに当てる。

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そう言う地道な毎日の繰り返しが、それはもうこれからずっと続くのです。

言うならば、待ちに待った晴耕雨読の毎日なのであります。

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カレンダーも手帳もさして必要が無く、私に存在しているのは「今」、もしくは「今日」だけだ。

そうやって毎日が繰り返されて、一年また一年が過ぎて行くのだろうと思う。

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先日の葬儀で20年ぶりにお会いしたKさん(88歳)が、今も2haの水稲を一人で栽培していると言っていた。

昔と違って機械力があるとは言え、一人暮らしのKさんにとって農業は大変だが生甲斐でもある。

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多くを読み、かつ書を嗜むKさんは、長紙に般若心経と菩薩を墨書して持参してくださった。

この時代、人々は農耕を離れ、多くが組織の一員として生涯を送っているのだけれど、

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そもそも人は、何をして生き、何を生甲斐として続け、そして死すべきなのか。

私も、来年こそはもっと良いブドウをなどと思いつつ、正しく巡ってくる季節の循環の中に生きている。

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そう・・・もう25,500日も生きてきたのだけれど、人生はその一日一日の中身如何だ。

ものを思いつつ暮す晴耕雨読の日々、今朝の雨はその思いを洗い流していった。

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